朱璃・翆
parting
「じゃあ、俺はあなたに何をすれば、良いんだ?」
俺はナミに聞いた。
ご飯を食べさせてくれる。
寝るところを提供してくれる。
服まで買ってくれた。
なのに何も求めてこない。
俺はナミに体しか提供出来ないと言ったら2度とそんな事はいうなと怒られた。
怒るといっても殴ってはこなかった。ただ怖い顔をして口で叱ってきただけだが。
「・・・うーん、朱璃?別にね、何かしてもらったからって誰もが必ずしも見返りを欲求する訳ではないんだよ?」
「え・・・。そう、なのか・・・?俺の周りには・・・そんな奴らしかいなかったぞ・・・?」
「そう。でも、それは忘れなさい?俺は君に何も求めちゃあいないよ。そうだな・・・、もしそれで落ち着かないっていうなら・・・」
うん、と俺は言ってゴクッと唾を飲み込んだ。何を求められるのだろう。
「ニッコリ笑って、ありがとうって言ってくれるかな?」
「・・・は?」
俺は拍子が抜けて脱力した。何だ、それは?
「勿論必ずやれっていうんじゃないよ?俺に限らず、誰かに親切にしてもらって、それが嬉しかったらね、ありがとうって言えばいいんだよ。それにね、君に笑って言ってもらったら、俺だって誰だって逆に嬉しくなると思うね。ふふ、無理にしなくていい。いずれ自然に出来るようになるよ。」
笑ってみようと無理に顔を動かそうとしていた俺に、ナミはニッコリとした。
「・・・俺も、あなたみたいに、笑えるようになるのか・・・?」
「・・・そうだね。うん、なれるよ?でも俺を真似しなくていいよ。俺はなかなか曲者だよ?」
「?」
たまに不思議なコトを言う事はあったが、ナミは色々な事を教えてくれた。
多分普通ならいちいち言う必要などないような事も。
俺は何も知らない赤子と同じだったから。
俺が知っているようなことは世間では通用しない、まったく有り得ない事ばかりだったから。
そうしてナミと旅を続けているうちにだんだんと俺は外の世界に慣れていった。
ただ今までの経験と、普通の生活を送っている訳ではない旅人のナミと一緒にいる為、一般的な同世代の子供とは同じとは言いがたかったが。
ナミは変に大人なところもあれば、意外に適当で子供じみたところもあった。
それでも俺からすれば大人だと思っていたが、俺自身が後にもっと成長してから思い出せば、多分ほんの17、18歳くらいだったのかもしれない。そんな歳で、ずっとたった一人で旅をしていたようだった。
なぜかは知らない。俺自身その時は疑問に思わなかった。
「ほら、いい加減起きて朝ごはん食べろよ?」
「うーん・・・。眠いんだよー。朱璃ちゃん、食べさせてー?」
「ふざけるな。ほら、起きろー。」
そう言いながらも俺はミルクをナミに差し出す。
パンをちぎって口に持っていく。
ナミはあーん、とか言いながら目をこすってもそもそと起き出す。
そんな何気ない日常が、実は俺にとっては宝物だった。
もちろん非日常的な事もよくあった。宿屋がなくって野宿する羽目になったときや、移動中などにモンスターが襲って来ることがよくあった。
ナミは強かった。巧みに剣を2本あやつってあっという間に敵を倒していった。そして煩くせがむ俺に辟易しながらも俺に剣術などを教えてくれたりした。
そんな非日常的な事だって、なんだって、俺にとってはとても大切な、宝物だった。
ずっと、続くと思っていた。
ずっと一緒にいれるものと・・・。
俺にとってナミは大切な人。それこそ、親を知らない俺にとってのかけがえのない家族だった。
直接ナミにそう言う事は照れくさくて出来なかったが、きっとナミもそう思ってくれていると、思っていた。