愛してるとは言わない
知ったのは彼には既に愛する人がいるこということ
その彼女が新羅の人生であり生涯であり命であること
将来は医者志望であること
とても解剖したい検体がいること
そして、歪んでいることくらいだった
彼の目に映る興味があるのは愛している彼女と検体だけ
他は自分以外の無関係な人間、ただそれだけ
俺が人間を愛しているのに、返されないとわかった時
どうしようもなく絶望したのを覚えている
あの時からだ
俺は人間を愛している
だから、人間も俺を愛さないといけない
そう考えるようになったのは
きっと新羅は知らない
自分が俺に影響を与えていることを
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーメーカーで淹れたものを新羅が持ってくる
夜まで働く新羅には眠気覚ましのコーヒーが必需品だ
料理が苦手な彼女でも簡単に美味しいコーヒーが淹れられるように、と購入したらしい
コーヒーの入ったマグを手渡され、お礼を言って、一口飲む
不味くもないけど美味しくもない、普通のコーヒーの味よりはすこし美味しい
けれど、何処かほっとする味
きっと飲みなれてるからだと思えども、新羅が淹れたからだと思いたい
あれ、これってかなり乙女的思考だよね?俺って気持ち悪いかも
「僕は今からカルテの整理をするけれど、どうするんだい?まさかココで自由闊達(じゆうかったつ)に過ごすきじゃないだろうね?」
「うーん、それもいい提案だとは思うけど」
隣に腰掛けていた新羅がマグをテーブルに置いたのを確認して、そのネクタイを引っつかんで引き寄せた
目を丸くしているのを同じく目を開けて観察しながら、唇同士を重ね、ちゅ、とリップ音をさせて少しだけ離す
鼻先がつきそうな近い距離で、そっと囁くように言葉を紡ぐ
「今日はシたいんだよね」
「・・・珍しいね、約束の日以外に誘うだなんて」
「たまにはね、自分の正しい性別に則ったセックスがシたかったんだよ」
少しだけ目を丸くさせる新羅、少し幼く見える
珍しがる理由なんてわかってる
俺が新羅だけじゃなくて、他の不特定多数と一緒に寝てるのを知ってるからだ
新羅とは学生時代からセフレな関係だ
理由は簡単
俺が快楽を求めていて密かに彼を愛していて、新羅が若い体をもてあましていたから
新羅は愛する彼女に体を求めない
それは彼が彼女をまだ神聖視していたからだ
今はそうでもないみたいだが、中学高校の頃は純粋だと言っていた
彼女は神聖で純粋無垢で純潔で可愛くて清らかで愛らしくて綺麗で崇高なる至高の妖精なのだと
既に高校に入る頃には自分が既に新羅を特別な目で見ていると自己分析をしていたから、切り出すのは簡単だった
―ねえ、新羅、君、結構溜まってるだろう?俺とセックスしない?
新羅は驚いていたけど、俺の噂はよく知っていたから
”折原臨也は男と女、どっちともヤれる”
正確には人間と、になるけれど、そういう噂が流れているのを知ってるから事実はすぐに受け入れてくれた
溜まっているのは確かだったから、と話してくれた
ただ、嬉しい誤算が一つ
俺は男相手だとこの顔が影響して、受ける側だった
女相手は流石に攻める側だけど
ただ、新羅は自分から受けると言った
どちらかというと、この行為で受ける側の方が屈辱的でダメージも多い
医者を目指している彼ならそれくらい知っているはず
理由を聞くと実に彼らしかった
”彼女以外に突っ込むのはありえないからね”
どうやらセックス自体は浮気ではないけれど、突っ込むのは浮気らしい
「まぁ、そういうこともあるのかな?じゃあ準備をするから、先に部屋にいっててくれるかい?」
「そうしようかな・・・待ってるよ」
最後にもう一度キスをして、バスルームに向かう新羅を見送る
きちんと医学知識を持っている新羅は中を洗浄してからじゃないとさせてくれない
まぁ、お互いの為にとても重要なことだけどね
コーヒーを飲みほして、シンクに置き、新羅の部屋に入る
新羅の命である彼女は俺が裏から手を回した運び屋の仕事で東北方面へ走って貰ってるはずだ
命が危ないから本州最北端の実家まで運んでくれだなんて、彼女にしか頼めないしね
彼の部屋はとてもシンプルだ
黒のコートを脱ぎ、椅子にかける
Vネックのシャツ一枚になり、携帯を弄ぶ
波江からのメールと移り変わる情報を一通り眺め、波江にメールを返してから携帯をサイレントにして閉じる
まだ出てくる気配のない新羅に家じゅうの戸締りをした
留守のようにしておけばあのバケモノも来ないだろう
電気も必要な場所だけ点けておき、最後に冷蔵庫から勝手にミネラルウォーターを頂く
部屋に戻り、サイドテーブルにペットボトルを置くとちょうど上がってきたようだ
「あれ、水を持ってきたの?」
「うん、勝手に開けたよ」
「それはいつものことだから気にはしないんだけどね」
今から脱ぐというのに新羅はいつも彼女が選んだという青色のシンプルなパジャマと白衣を着てやってくる
まぁ、脱がせるのも楽しいけどね
しっとりと濡れた髪をタオルで拭きながら、こちらに近づいてくる新羅の腕をそっと取る
気障ったらしい動作も彼には呆れるしかない行為だけど、せずにはいられない
「君は相変わらず奇奇妙妙なことをするよね」
「そうかな?」
そっと新羅を組み敷いて、掴んでいたままの掌に唇をおとした
呆れたような視線を受けながら、そっと心の中で呟く
――君を、愛しているよ、新羅
【君を想うからこそ心の中で、アイシテル】
作品名:愛してるとは言わない 作家名:灰青