風見鶏
さて、ボンゴレの当代ボスとはどうあるべきか?
誰に聞いてもこんな回答は得られないだろう、あまりに独特な理論が今、雲雀の前で展開されている。
「風見鶏でいいんです。立ち位置さえ明確にしておけば、あとは振り回されて上等」
草壁を通じて急なアポイントメントがあったのは、彼が雲雀は今イタリアにいると知ってすぐのことだった。
何かときな臭い噂が飛び交う昨今、一体何の用事かと思い、滞在予定を一日伸ばして彼の城を訪れた。
しかし肝心の綱吉は本題に入るどころか、雲雀が部屋に入ってから、未だ一度もまっすぐ目を合わせてこない。
その上いきなり言い出したのは、『風見鶏』なのだ。
どういうつもりと問いつめられても仕方がないだろう。
けれど、彼がこういう訳の分からないことを言い出す時は、大概何か良からぬことが起こる前兆だと知っている雲雀は、大人しく彼の行動を見ていることにした。
綱吉は言わずもがなの雲雀の不機嫌を感じ取り、場を紛らわせるためか、積まれた書類から(一応、重要なものを避けたのだろうか)選び出した一枚を、細長くなるよう半分に折り曲げた。
雲雀を出迎えて立ち上がったまま、執務机の上での故郷の遊び。
「それでファミリーの役に立つなら、ボスとして十分じゃないですか」
ついでのように付け加えては、折った紙をすぐに広げて、付いた折り線を基準に長方形の短い一辺の半分を、内側へと合わせ三角形を作る。
指でなぞってしっかりと癖をつけ、反対側も同じように三角を作る。
最初につけた折り目の通りに縦に長い五角形にした後、先の三角の半分を更に尖らせるように外側へと折り返す。
雲雀も途中から彼が何を作りたいのかわかっていた。
幼稚園児でもできる、簡単な折り紙はそれで完成だった。
元の紙が正方形ではないから、通常よりも長くなった紙飛行機を、彼は掲げ持って検分した。
―――良いとも悪いともつかない顔だ。
そのまま、部屋の空へ狙いをつけた。
「投げるの?」
「ええ」
呆れたことに、作っただけでなくここで飛ばす気らしい。
幸いにも(或いは面倒にも)この部屋は広く天井は高いから、即座にぶつかって落ちることにはならないだろう。
外には投じないとわかる。窓を開けない。
彼は防弾ガラスの意味を、自らがこなしている役割を知っている。
……否応なしに知らされてしまっている。
「よっ」
軽い掛け声と共に、彼は手首だけの力で、くっと紙飛行機を先へと押し出した。
果たして、投じた紙の飛行機は。
カツッ。
風を切ることなく縦方向にクルリと回って執務室の床に落ちた。
「あちゃ~~」
やっぱり無理かと綱吉が頭を掻いた。なんだかテストが悪かった学生のようだ。
(実際に成績が悪かったらしい彼の場合は違ったかもしれないが)
しかし雲雀はそんな小芝居を見に来たのではない。
「それで何が言いたいの、君」
とうとう痺れを切らして、雲雀は睨みつけながら尋ねた。
ところが綱吉は、不機嫌な雲雀の問いかけを無視してさらっと続けた。
「風見鶏は野生の鳥ではないですから、飛んでいけません。風に乗ることすらできないんだから、こんな紙飛行機にも劣る。かといって、野生の鳥を地に縛ることはできません。そんなことをしたら、死んでしまうでしょう?」
ねぇ、”雲雀”さん。
名前以上に自由な貴方のようには、風見鶏は飛んでいけません。
「だから」
それで雲雀は気付いた。
彼がこんなにも回りくどく、言いづらそうに何を口にしようとしているのか。
これはいわゆる――
「……だから、別れようって?」
別れ話、というヤツではないか?
もともと麗しくなかった機嫌がどおんと地に落ちたのを雲雀は感じた。
「どういうつもり?」
これまで、約10年という時間の中。
沢田綱吉と自分の間にあったものは、決して平穏ではない付き合いだった。
確たる約束があったわけじゃない。
別の組織に所属している以上、常に隣にあれるわけでもない。
けれど、恋人という気恥ずかしい関係に呼べる相手は互いだけであると認識できる程には近い距離にあったのだ。
今、別れ話が意味を持つ程度には。
雲雀は綱吉を睨み付ける。
出会った頃なら、それだけで顔を引きつらせていただろうに、今ではやんわりと笑むだけだ。
いなされているようで気にくわない。
彼は図太くなった。そうそう揺らがないだけの、色々な覚悟ができたせいで。
彼は雲雀にとっての『重り』を背負うほど、力を増す人間だった。雲雀の胸をざわめかせる、面白い人間になっていった。
それは認めている。
でも果たしてそれは、ここで用いられるべき強さなのか。
「どういうつもり、というか…貴方には風見鶏(ボス)なんて必要ないでしょうって話です。貴方はそんな生き方をする人じゃない」
「はっ、君(ボス)を窺って生きる?くだらないね」
それは確かだ。
そんな生き方は雲雀にはできない。したくもない。
自分の意思以上にこの体を動かすものがあってはならない。
たとえそれが、恋人と言われる関係の者であっても上から物を言えば咬み殺す。
わかっていますと君は頷いた。
「だから切り捨てて貰えませんか。この組織ごと。もはやボンゴレリングはここにない。これから先、貴方が守護者であるメリットより、デメリットの方が大きくなります」
彼は落ち着いていて、悲愴な覚悟などそこにはなかった。
ただ一つの諦め、似合わない諦観が横たわっていた。
何一つ諦めないために、君は抗っているはずじゃないの?
酷い矛盾だろう、それは。
「それは君が決めることじゃないけど。そんなことが言いたくて風見鶏?」
ならば随分と回りくどい言い方だった。
雲雀が言葉遊びを好まないことは知ってるというのに。
彼はそれでも、ふふっと笑った。
「今日は風が強いでしょう?ここの窓から屋根でくるくる回ってるのを見たんです。何だかオレみたいだと思って」
(……無駄か)
暖簾に腕押し。
そんな言葉が思い浮かぶ。
生半可な言葉じゃ、今の彼を揺らすことはできないと思った。
ここで咬み殺し、「そう、じゃあね」と背を向けて去るのは至極簡単だったが、とても厄介な事にそれはそれで嫌だった。
それで半永久的に終わりになるものが一つ、確実に在ったので。
―――苛々する。面倒だ、とても。
彼に関わる以上、ある程度までの面倒は容認したが、全てを認めたわけではない。
しかもこれは面倒の最たるものに入るんじゃないか。
(この僕に引き留めさせるなんて高くつくよ、綱吉)
舌打ちしたい気分になりながら(行儀が悪いからしないけど)、雲雀は彼に習って問いに対する直接の回答を避けた。
気まぐれに彼の言葉遊びに乗ってやることにしたのだ。
「……君ね。下手くそなんだよ」
「はい?」
「これ」
雲雀はその、闘うものにしては優美な長い指先で、先程綱吉が床に落としてしまった紙飛行機を拾い上げた。
墜落した時に曲がってしまった部分を指の腹で丁寧に伸ばし、そもそも不器用に曲がった綱吉の折り目は修正する。
更に、新たな折り目をつけていく。微妙な加減をする。
こんなものかな、と全体を一瞥で確認すると、ツカツカと窓に歩み寄った。
「ヒバリさん!?」
作品名:風見鶏 作家名:加賀屋 藍(※撤退予定)