風見鶏
先の行動を知って咎める声を無視し、投じるのに必要な分だけ窓を開けると、雲雀は紙飛行機を空へ放した。
すっ…と白い紙が緩やかな航路を描く。
今日は朝から風が強かったというのに、今の風は緩やかに吹いていて、紙でできたちゃちな飛行機の進路を遮ることはなかった。
風なんか、いくらでも変わるものだ。けれど。
結果を最後まで見届けることなく、雲雀は綱吉を振り返った。
「僕には君の言う風見鶏なんてなくていい」
たとえ今風が強くても、きっと雲雀は紙飛行機を投げただろう。
雲雀も組織の長である以上、機会を見ることも知っているが、それに縛られるくらいなら、一人で落ちても構わない。
それは強がりでなく、プライドと呼ばれるものだ。
「僕は風見鶏なんていらない」
言葉に反応して、ぴく、と綱吉が肩をほんの少し揺らした。
見るものが見なければ気付かれない程度の動作。
―――そうだ、それでいい。僕と離れる覚悟なんてそう簡単に決められては僕の立つ瀬がないだろう?
「でもその他大勢の草食動物が、そんなものが必要だというなら奪ってあげようか。存在意義を」
「……え?」
風見鶏が必要な理由は何?
「風を全て止めてあげようか。風見鶏なんていらなくなる」
その意味は。
マフィアがなければ、マフィアのボスもいらないだろう?
それはすなわち、綱吉の無謀な願いと重なる。
「……無茶な、ことを言わないで下さい。あなただって、あなたの組織のボスでしょう!こっちにかまけている余裕なんて!」
「財団のことは僕が決める。……もう無関係とは言えないしね。それに何があるのかは知らないけど、君一人で何ができるの」
「っ…オレはここのボスです!できないじゃ済まされない!」
吼えた綱吉を、雲雀は冷たい目で見下ろす。
「ボスが何?それで、その小さな手が大きくなるとでも?目が良くなって何もかも見通せるとでも?―――ならないね。君のできることは、結局君が持てるだけのことだよ。己の分は越えられない」
「ですが…!」
「くどい。知ってるはずだ」
痛みを感じたように、綱吉はポーカーフェイスを崩し、顔をしかめた。
彼は全てを掬い取れない己の手の小ささを、先を見通すことのできない目の悪さを噛みしめている。
それを痛々しいと思う人間もいるだろうが、雲雀にとっては違った。
それで君は止まらないと知っている。
引き上げて立たせれば、またどうにか走り出すくらいには彼は丈夫だ。
だから、感傷から引きずり上げなければと思うのだ。
「とにかく。君がどう言おうとも、僕は好きにする。嫌っても憎んでもないのに、別れる気なんてないよ」
「……いつも、あなたはそうですよね。オレの想いなんて踏み潰して」
「そうだよ。それが僕だ。君の部下にはならないし、君の言いなりにもならない。だから君の横に立ってるんでしょ。君の下じゃなく」
利だけで考えていたら、綱吉と付き合うものか。
―――恋になんて、落ちるものか。
ふふん、と得意げに雲雀は笑った。
綱吉は泣き笑いみたいな顔でヒバリをなじる。
「……ホントに酷い。オレがどんな気持ちで、今日を迎えたと思ってんですか!」
「無駄な決意だったね」
「全くですよ!ヒバリさんが欠片もオレの思い通りにならない人だって忘れてました」
巻き込みたくないなんて気遣ったオレが馬鹿でしたよ!
「聞いてくれませんか、ヒバリさん。オレの予感を」
「やっと本題に入ったね。いいよ、聞こう」
その切迫した雰囲気に、彼の中に宿る炎に煽られて、雲雀は闘争の予兆に目を輝かせた。
「あ」
「何?」
「ヒバリさん……あの書類、リボーンからの報告書だったんですけど」
「は?」
重要な書類を避けたのではなく、鬱憤の塊を飛ばしたかったのか。
その蒼白な顔を見れば、その内容を把握していないことは一目瞭然。
……呆れた。
「僕は知らないよ。君が拾いに行くんだね」
「ですよね……」
雲雀の折った紙飛行機は、柔らかな風を掴まえ、それはそれは遠くまで飛んでいったのだった。
END
09.6.19
作品名:風見鶏 作家名:加賀屋 藍(※撤退予定)