痛みも傷も全て
「何でこんな……優しくしてくれるんですか、ヒバリさん。オレと貴方の間なんて、今は昔の先輩後輩と仕事しかないのに、何で特別扱いしてくれるんですか」
散々すがりついて泣いた後(ヒバリさんには後でスーツを贈らなきゃならない。濡らした上に皺だらけにしてしまった)、未だ涙の残る声で、オレはいつも軽々と予想を超えていく人に尋ねた。
ヒバリさんに指摘された傷の痛みは今もなお胸を苛んでいる。向き合っても、楽にはならない。
でも、痛みに弱いオレが逃げ出したいと思いながら、それでも何故この地位にいることを選び続けているのかを思い出した。
守りたい人がいる。叶えたい願いがある。それに賛同してくれた部下がいる。―――そのことを。
そしてオレを庇ってくれた彼に、やっと自己嫌悪と身勝手な謝罪以外のものを捧げられるように思った。
……ヒバリさんが思い出させてくれたから。
だから後は聞きたかった。
ヒバリさんが誰もにこういうことをする人じゃないのはわかってる。
今だって、あのヒバリさんがダメツナが泣き止むまでずっと抱き締めていてくれたなんて、人に言っても誰が信じることか!
(勿論、誰かに言うつもりなんか微塵もないけど)
すると、ヒバリさんは。
「そんなの君が先じゃない。僕は、君にずっと口説かれてるんだと思ってたけど?」
どこか意地悪な目をして、そんなことをおっしゃっられた。
「え、ええぇっ!?オレ、そんなことしてませんよ!?」
このオレがヒバリさんを口説いてたっ!?
オレが赤くなっていいのか、青くなっていいのか迷っていると、ヒバリさんは平然と更なる爆弾発言を投下してくださった。
「君自分が言ってたことを自覚してないの?」
ヒバリさんの記憶内のオレ、曰く。
「『ヒバリさんの綺麗な体に傷を残して欲しくないんです』、『ヒバリさんが大事だから、貴方に傷ついて欲しくない』、『貴方が痛いと、オレも痛いんです』……。君はいつも群れを心配してるけど、さすがにここまで熱心に言ってるのは見たことが無かったし」
「うわぁぁっ!」
必死で言いすがっていたから、その内容の客観的な危うさまでは気づいてなかったよ!
ていうか他の人の前でも普通に言ってたわけで!
隼人に微妙な(且つ羨ましそうな)顔されたり、山本に『ツナはヒバリが大好きなのなー』言われたり、リボーンに鼻で笑われたのもそれのせいか!
とうとう真っ赤になったオレを、ヒバリさんがまた意地悪く笑う。
ヒバリさんはオレの肩を未だに抱いてるから、よく斬れる日本刀のような美しさがオレの間近にあった。
それだけでも心臓がどきどきと煩いのに、ふわふわと散っているオレの髪を好き勝手に撫でながら、こんなことを言うから堪らない。
「あんまり熱烈だから、応えてもいいかと思ったんだけど?」
「いや、それは何と言うかっ…!」
慌てふためくオレに、きょとんと問いかけるヒバリさん。
「違うの?」
「違わないんですけどっ!」
「じゃあ、いいじゃない」
綱吉に聞かせるにはとても珍しい、上機嫌な声で雲雀は告げた。
「僕のつがいになりなよ」
「つが…い、ですか?」
「そう。つがいになら、弱ってる姿を見せても平気でしょ?」
そう言って、ヒバリさんはオレの濡れた目元をべろり、と舐め上げた。
濡れた舌の温かい感触と、舐めた後で覗き込んでくる悪戯にキラキラと輝いてる黒い目。
前髪が昔より短くなったせいで、遮られることなく、その日本的な美しさの粋を集めたみたいな端整な顔が視界一杯に飛び込んでくる。
差し込む朝日で多少逆光になっているとはいえ、これだけ近い位置にある顔が見えないわけもない。
それだけには留まらず、何だか見たこともないくらい―――ヒバリさんがとんでもなく色っぽかった。
ああ、オレ求愛されてるんだー……と、ダメツナでも理解してしまうほどには。
(や、やばいってこの色気……何なんだ、この人は!)
規格外ってことは知ってたけど、これはないでしょう!?
普段からは想像もつかない姿にぼーっとのぼせ上ってしまった綱吉は、抱き締められたままでパクパクと口を開閉させた。
しかし、そんなことにお構いなしのヒバリ様。
「なるよね?」
もはや、否定も許さない問いを掛けた。
「……はい」
美しい獣のアプローチにくらくらしていた草食動物は、もう大人しくその牙にかかるしかなかったのだ。
「いい子だ」
褒められるように落とされた熱い唇に、近いうちに食べられてしまう己を予想していたとしても。
~ついでに。~
「綱吉。ここに来る途中、手を切ったんだけど」
雲雀は軽く擦りむいた手の甲を綱吉に掲げて見せた。
「わかりました、すぐ手当てしますね。……で、相手はっ!?」
この人が怪我をするなんて、うっかりではあり得ない。
ふむ、と雲雀は考えて、
「……まだ、生きてるとは思うけど」
しらっと答えて下さった。
その返事と同時に綱吉は受話器に怒鳴り付ける。
「隼人ぉー!ヒバリさんに救急箱と、敵さんに医療班ーーッ!」
『すぐに手配します!』
綱吉たちが、雲雀に微かでも傷を与えた相手の末路に気付くのは、結構すぐ後の話。
END
09.4.18
作品名:痛みも傷も全て 作家名:加賀屋 藍(※撤退予定)