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然らば、あえかなる日々

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「君ちっとも楽しくないだろ、本当は……」
新羅と初めて話をした時のことを、臨也はよく覚えている。
「いつもの笑顔は偽物だよね。まぁ僕も人のこと云えないけど」
そう云って、二人の他に誰もいない放課後の昇降口で、新羅はにこりと笑って見せた。
臨也は驚いた。今まで臨也の本質をすぐに見抜いた人間は殆どいなかったからだ。ましてや自分と同い年の少年。百人いれば九十九人の人間は確実に騙せる自信があった臨也としては、新羅の指摘は予想外のものだった。
「何でわかったの?」
そう云うと、臨也は自分の下駄箱から靴を取り出し、床に放る。ぱぁんという、靴底が床を打つ音が、がらんとした校舎内に響いた。其の残響が消えるか消えないかのうちに、「僕も周りが陳腐でくだらないと思ってるからかな?」と新羅が口を利く。そうして、靴を履き終えると、臨也にきちんと向き直る。
「まぁ、除け者同士仲良くしようよ、折原君」
そう云って手を差し出す新羅に、「……臨也、臨也でいい」と云い、臨也は差し出された手を取った。
其れが中学の時、臨也と新羅のファーストコンタクトだった。



「今思うとさぁ、あの時の新羅の物云いには憤りを覚えるね。訂正を要求するよ」
消毒薬が沁みる痛みに顔を顰めながら、臨也は己の手当てをしている白衣の青年に文句を云う。
「えぇ? 結果として除け者になったじゃないか、あの後すぐ」
「そりゃそうだけどさぁ、あの時点ではまだ俺はちやほやされてたよ?」
「漱石枕流、格好悪いよ、臨也。僕はあの時近い将来を予測して云っただけさ」
「……ったく、新羅って本当いい性格してるよね?」
最後にそう云うと、臨也はちらりと白衣を着て傷の手当てをしている新羅を睨む。「君ほどじゃないさ」と云って笑う新羅の笑顔は、初めてあった時の其れと殆ど変わらない。
此処は新羅の住む部屋。高校を卒業して暫く経った今も、臨也は斯うして新羅の元へよくやって来る。情報屋なんて色々な意味で危ない仕事を生業にしている所為もあって、闇医者をしている彼が自分にとって都合がいいということもあったが、臨也が此れまでまともに付き合った人間として一番古株なのが、新羅だということが一番大きかった。怪我の時は勿論、そうでなくても、臨也は新羅にふらりと会いに来ては時折愚痴を溢したり、時折我が儘を云って困らせたりする。
臨也は新羅がお気に入りだった。
腹の底は読めないが、新羅は他の人間と違って、臨也に対して悪意もなく、へつらうわけでもない。冗談を云えばそこそこ乗ってくれるし、中高生の時は一緒に悪乗りしたりした。
また、新羅は臨也を型に填めようとしない。
他人は意識的にも無意識でも、自分以外の人間を言葉によって分類する。「真面目」だの「頭がおかしい」だの「普通」だの、そう云った言葉で、其の人間の本性を理解するよりも、感覚的に、人は他人を言葉で無意味にカテゴライズする。
けれど、新羅はそんなことはしない。何だかんだ厭味な処はあるが、臨也を無意味な箱に詰め込んだりせず、自由にしておいてくれる。
臨也は新羅のそういう処が好きだ。だから、高校を出て二十歳を超えて立派に大人になった今でも、臨也は新羅との付き合いを大事にしていた。

「時に臨也、寝不足のようだけど……」
よし、終わりっ、と最後に呟くと、新羅は臨也の顔を見る。臨也の眼の下は薄く青黒くなっていた。其の指摘に、「さすがお医者さんだね」と軽口を叩いてから「最近夢見が悪くてさ、あんまり寝れないんだ」と臨也は素直に答えた。
「あとちょっとだるい。そんな時に限ってシズちゃんと会っちゃうんだから、運が悪い」
そう臨也が自嘲気味に笑うと、新羅は、ふぅん……、と何か少し考え事をした後、あぁそうだ、とこぼしてキッチンへ消えてしまう。臨也が暫く一人で待っていると、新羅はティーセットをトレーに載せて帰って来た。
「臨也、此れ飲める?」
そう云いながら、新羅はポットを傾けるとカップに黄金色の液体を注ぐ。「如何ぞ」と云って出されたカップを手に取り、臨也は怪訝な顔をして新羅を見た。
「あぁ、変な薬じゃないから安心しなよ。ただのハーブティーさ」
臨也の視線の意味を理解したのか、新羅はそう云うとまた、「如何ぞ」と臨也に勧める。「……ハーブティー」とまだ若干訝しがりながらも、臨也はカップを口元へ運ぶ。青林檎のような爽やかな香りが鼻腔へ抜ける。
「匂いは平気だ」
そう云ってからやっと、臨也はカップに口を付ける。独特の苦みと酸味のある味に臨也は少し顔を顰める。
「味は駄目だったかい?」
「いや、すぐには好きになれないけど、飲めるよ」
様子を見かねた新羅に返事をすると、臨也はもう一口、ハーブティを飲む。慣れてしまえば大したことはないな、と胸の裡で云うと、新羅へ向かって疑問を口にする。
「此れ何てやつ?」
「ジャーマンカモミールだよ。イタリアなんかじゃバールにもある国民的な飲み物なんだってさ。風邪とかにもいいんだ」
きちんと説明してくれる新羅に、へぇ、と相槌を打ち、臨也はカップを思い切り傾けて残りを飲み干す。 ……やっぱり味は微妙、などと思っていると、ねぇ臨也、と新羅が口を開く。
「君、此処最近だるいとか云ってたけど、きちんと食事は摂ってるのかい?」
何だか顔色も良くないみたいだけど……。そう付け足す新羅に、「そう云えば、あんまり食べてないかも」と返事をすると、新羅が呆れた溜息を吐く。
「だめだよ、臨也。君は只でさえ偏食気味だし、ひょろひょろだし……」
「はぁ? ちょっと其れ新羅に云われたくないなぁ」
「とにかくちゃんと食べなよ。静雄はジャンクフードばかりだけどよく食べてよく寝るから健康だよ」
「あーあーあー、やめてよ新羅。化け物の名前なんか聞きたくもない。大体あいつは……」
臨也が文句を云い掛けたところで、電子音が其れを中断する。ちょっと失礼、というと新羅は電話に出た。
「……うん、了解。今何処? ……うん、はいはい。ゆっくり来なよ? うん、じゃぁね」
そう云って電話を切ると、新羅は困ったような笑みを浮かべて「静雄が来るって」と云った。其れを聞き、臨也は「じゃぁ俺はとっとと退散するよ」と云うと玄関へ向かう。靴を履いていると、新羅が小走りに玄関へやって来た。
「はい、此れ。ビタミン剤とハーブティー。ちゃんと栄養取って寝なよ? 一応眠剤も入れておいたけど、三回分しか入れてないから。君、薬漬けになりそうだからね」
そう新羅に紙袋を手渡され、臨也は、ありがと、と云って其れを受け取る。さぁ早く行かないと静雄と出くわすよ、と云う新羅に従い、臨也は「またね」と云うと新羅の部屋を出る。
作品名:然らば、あえかなる日々 作家名:Callas_ma