王子様を手に入れる方法03
王子様を手に入れる方法
(3.デート)
「王子、今ちょっといいっすか」
シャワー室から出たばかりのジーノを、そう呼び止めたのは赤崎だ。廊下の壁にもたれ、腕を組んだ姿は、いかにも待ち構えていたというようなありさまだった。
「なに?めずらしいね、サッカーの事?」
「いえ、その、ちょっと」
口ごもる赤崎にジーノは首をかしげる。例え目上の相手であろうと、躊躇せずに何でも口に出す彼にはめずらしいことだ。
「どうしたの、ザッキーらしくない。言いたいことがあるならはっきり言わなきゃ」
らしくない、という言葉に背を押されたのか、赤崎は顔をあげ、意を決したように口を開いた。
「その、椿の事、なんすけど……、二人は付き合ってるんすか?」
予想外の問いにジーノはピクリと眉をあげる。赤崎の目には確信の光があった。
――意外と勘がいいじゃないか
「うーん、付き合っては無い、かな。」
「つまり、遊びってことっすか?」
「まぁ、そう言われればそう、なのかな。何?コッシーならまだしもザッキーが口出してくるなんて、ほんとらしくないね」
そう言うと、赤崎はふてくされたように唇を尖らせた。いつもは大人びた男だが、そういう表情をすると一気に幼く見える。
「別に、あいつもいい大人だし俺が口出すことじゃないとは思うんすけど……、椿は馬鹿みたいに、てか馬鹿なんだけど、まっすぐな奴だし、それにけっこう不安定なやつなんで、その、王子も、遊ぶならもっといい人もいると思うんで、その……あーくそ、俺何言ってんだろ」
「ふふ、ザッキーはやさしいねぇ、バッキーが大事なんだ」
「やめてください!そういうんじゃないっすから!ただちょっとほっとけねーっつーか」
しみじみとしたジーノのつぶやきに赤崎は目をむいて叫んだ。犬同士かばい合う気持ちもあるのだろうが、こちらがたらしこんだみたいな言い草はなかなかに気に入らない。
「でもね、はっきり言って僕は被害者だよ。バッキーがあんまりしつこいからしょうがなく相手してあげてるだけ。文句ならバッキーに言ってくれるかな?」
「もう言いました」
「えっ?」
即答する赤崎に思わず驚きの声が出る。
「もう言ったんですけど、聞く耳もたないんすよ、あいつ。俺が全部悪いんです、王子は悪くないんですの一点張り。下手すると王子より頑固っすよ」
「……ふぅん、バッキーたら、そんなことを、ね。まあザッキーの意見はありがたく受け取るよ。話はそれだけ?僕、結構急いでるんだ、お先に失礼するよ」
「椿が待ってるからっすか?」
赤崎に背を向け、ロッカールームへと向かおうとした途端、背後からそう声がかかる。振り向けば、赤崎は、黒田たちに向けるような挑発的な表情でこちらを見ていた。
「さっき、しょうがなく相手してあげてるとか言ってましたけど、王子ってはっきり言ってそんな殊勝なタイプじゃないでしょ?嫌なら、何が何でも断るじゃないですか。なんで“しょうがなく”付き合ってるんすか。」
その問いに、とっさに答えは出てこなかった。
ロッカールームへ戻ると、やはり椿が忠犬のように待っていた。彼と目があった途端、ジーノの唇からは深いため息がこぼれ落ちる。
「お、王子、どうかしたんすか」
「別に」
いらいらと、どこが不機嫌そうな返事に椿はビクリと震える。シャワー室へと行く前は普通だったのに、何か悪いことでもしたのだろうかと不安になった。
「……ねえ、バッキーお腹すいてる?」
「へ?」
不安そうに見つめる椿に、突然思いついたようにジーノそんなことを尋ねてきた。急な質問に戸惑っていると「どうなの?」と重ねて尋ねられ「わりと減ってるます」と返すと、ジーノはにっこりと笑った。
「じゃあさ、デートしようか?」
見とれるほど美しい笑顔だった
連れて来られたのは、椿一人では決して入ることのできないだろう、高級イタリア料理店だった。
一応ロッカーの中にいれっぱなしだったスーツを着てきたが、ブランド物などではなく、あきらかに浮いているだろう己を連れてジーノは恥ずかしくなのか心配になる。そんな椿の心配をよそに、ジーノはウェイターを呼びとめると次々に料理とワインを頼んでゆく。
「ここすごくおいしいんだよ、いくらでも入る。ほらこのチキンなんて最高」
緊張のしすぎで喉が通らないだろうと思ったが、ジーノがあまりにすすめるので、一口ふくむ。
「おいしい!王子、これすごくおいしいです」
「そう?よかった。これも食べなよ」
想像したよりおいしくて、思わずがつがつと食べてしまう。今まで食べたことないような味わいに、やはり高いところは違うなと感動していると、ジーノがほほえましげな笑顔を浮かべて椿を見つめていた。
「あ、すいません、俺ばっか食べちゃって」
「ううん、本当においしそうに食べるなーと思って。バッキーはもっと食べたほうがいいよ。あんまり細いと抱き心地悪いしね」
「お、王子こんなとこで、そんな」
なんでもないような顔をして、とんでもない事を言うジーノに椿はかっと頬を赤くする。そんな椿を見て、ジーノがあきれたようなため息をついた。
「まったく、君って本当に典型的な日本人だよね。イタリアではこんな会話そんなに慌てるようなことじゃないよ」
そこからはジーノの独壇場だ。イタリアのこと、集めている椅子の話、サッカーの事、さまざまな話題を楽しげに口にする。椿はそれに気の利いた返事で応えるられず、ただ頷くことしかできない。けれど、彼の話を聞いているだけで、椿の胸の中に幸せな気持ちがふつふつとわきあがった。
「今日はどうしたんですか」
結構な量があった料理も二人でペロリとたいらげ、ワインも二本開けて、もう帰ろうかというところで思い切って尋ねてみた。
「え?何が」
「何って・・・こんなデ、デ、デートだなんて」
「もしかして、いやだった?」
「まさか!ただ…王子の様子がいつもと違ったから」
「あっは、僕の犬たちはどちらも勘が鋭いなぁ。……あのね、さっき廊下でさ、ザッキーに怒られちゃったんだよね。あんまりバッキーを悪の道に引きこむなってさ」
おどけるように笑った後、軽い調子で話すジーノの言葉に、椿はサッと顔色を青くする。それを見たジーノはより一層おかしそうに嘲笑うが、その目は全く笑っていない。
「全く失礼しちゃうよね。僕がたぶらかしたみたいに言われちゃうなんてさ」
「す、すいません!俺が、俺が悪いのに、そんな」
かすかに震え、今にも土下座しそうに謝る椿を見てジーノはすこし瞳を和らげた。
「そう、君ザッキーに全部自分が悪いって言ったんだって?でもね、はっきり言ってこういうことにさ、どちらかが完璧に悪いなんてことは無いんだよ。どちらも悪いし、どちらも正しい。わかる?」
いまいち釈然としない表情の椿に、ジーノは宣言するように堂々と命令する。
「僕のこと好きならもっと堂々としてよ」
その力強さに椿は何度も頷いた。
支払いは自分が払うという椿の主張は受け入れられずに、結局ジーノに奢られることとなった。「今度は奢ってよ」と言われ、その今度、という言葉に少し舞い上がる。
レストランから出ると目の前にはタクシーが停まっていた。
(3.デート)
「王子、今ちょっといいっすか」
シャワー室から出たばかりのジーノを、そう呼び止めたのは赤崎だ。廊下の壁にもたれ、腕を組んだ姿は、いかにも待ち構えていたというようなありさまだった。
「なに?めずらしいね、サッカーの事?」
「いえ、その、ちょっと」
口ごもる赤崎にジーノは首をかしげる。例え目上の相手であろうと、躊躇せずに何でも口に出す彼にはめずらしいことだ。
「どうしたの、ザッキーらしくない。言いたいことがあるならはっきり言わなきゃ」
らしくない、という言葉に背を押されたのか、赤崎は顔をあげ、意を決したように口を開いた。
「その、椿の事、なんすけど……、二人は付き合ってるんすか?」
予想外の問いにジーノはピクリと眉をあげる。赤崎の目には確信の光があった。
――意外と勘がいいじゃないか
「うーん、付き合っては無い、かな。」
「つまり、遊びってことっすか?」
「まぁ、そう言われればそう、なのかな。何?コッシーならまだしもザッキーが口出してくるなんて、ほんとらしくないね」
そう言うと、赤崎はふてくされたように唇を尖らせた。いつもは大人びた男だが、そういう表情をすると一気に幼く見える。
「別に、あいつもいい大人だし俺が口出すことじゃないとは思うんすけど……、椿は馬鹿みたいに、てか馬鹿なんだけど、まっすぐな奴だし、それにけっこう不安定なやつなんで、その、王子も、遊ぶならもっといい人もいると思うんで、その……あーくそ、俺何言ってんだろ」
「ふふ、ザッキーはやさしいねぇ、バッキーが大事なんだ」
「やめてください!そういうんじゃないっすから!ただちょっとほっとけねーっつーか」
しみじみとしたジーノのつぶやきに赤崎は目をむいて叫んだ。犬同士かばい合う気持ちもあるのだろうが、こちらがたらしこんだみたいな言い草はなかなかに気に入らない。
「でもね、はっきり言って僕は被害者だよ。バッキーがあんまりしつこいからしょうがなく相手してあげてるだけ。文句ならバッキーに言ってくれるかな?」
「もう言いました」
「えっ?」
即答する赤崎に思わず驚きの声が出る。
「もう言ったんですけど、聞く耳もたないんすよ、あいつ。俺が全部悪いんです、王子は悪くないんですの一点張り。下手すると王子より頑固っすよ」
「……ふぅん、バッキーたら、そんなことを、ね。まあザッキーの意見はありがたく受け取るよ。話はそれだけ?僕、結構急いでるんだ、お先に失礼するよ」
「椿が待ってるからっすか?」
赤崎に背を向け、ロッカールームへと向かおうとした途端、背後からそう声がかかる。振り向けば、赤崎は、黒田たちに向けるような挑発的な表情でこちらを見ていた。
「さっき、しょうがなく相手してあげてるとか言ってましたけど、王子ってはっきり言ってそんな殊勝なタイプじゃないでしょ?嫌なら、何が何でも断るじゃないですか。なんで“しょうがなく”付き合ってるんすか。」
その問いに、とっさに答えは出てこなかった。
ロッカールームへ戻ると、やはり椿が忠犬のように待っていた。彼と目があった途端、ジーノの唇からは深いため息がこぼれ落ちる。
「お、王子、どうかしたんすか」
「別に」
いらいらと、どこが不機嫌そうな返事に椿はビクリと震える。シャワー室へと行く前は普通だったのに、何か悪いことでもしたのだろうかと不安になった。
「……ねえ、バッキーお腹すいてる?」
「へ?」
不安そうに見つめる椿に、突然思いついたようにジーノそんなことを尋ねてきた。急な質問に戸惑っていると「どうなの?」と重ねて尋ねられ「わりと減ってるます」と返すと、ジーノはにっこりと笑った。
「じゃあさ、デートしようか?」
見とれるほど美しい笑顔だった
連れて来られたのは、椿一人では決して入ることのできないだろう、高級イタリア料理店だった。
一応ロッカーの中にいれっぱなしだったスーツを着てきたが、ブランド物などではなく、あきらかに浮いているだろう己を連れてジーノは恥ずかしくなのか心配になる。そんな椿の心配をよそに、ジーノはウェイターを呼びとめると次々に料理とワインを頼んでゆく。
「ここすごくおいしいんだよ、いくらでも入る。ほらこのチキンなんて最高」
緊張のしすぎで喉が通らないだろうと思ったが、ジーノがあまりにすすめるので、一口ふくむ。
「おいしい!王子、これすごくおいしいです」
「そう?よかった。これも食べなよ」
想像したよりおいしくて、思わずがつがつと食べてしまう。今まで食べたことないような味わいに、やはり高いところは違うなと感動していると、ジーノがほほえましげな笑顔を浮かべて椿を見つめていた。
「あ、すいません、俺ばっか食べちゃって」
「ううん、本当においしそうに食べるなーと思って。バッキーはもっと食べたほうがいいよ。あんまり細いと抱き心地悪いしね」
「お、王子こんなとこで、そんな」
なんでもないような顔をして、とんでもない事を言うジーノに椿はかっと頬を赤くする。そんな椿を見て、ジーノがあきれたようなため息をついた。
「まったく、君って本当に典型的な日本人だよね。イタリアではこんな会話そんなに慌てるようなことじゃないよ」
そこからはジーノの独壇場だ。イタリアのこと、集めている椅子の話、サッカーの事、さまざまな話題を楽しげに口にする。椿はそれに気の利いた返事で応えるられず、ただ頷くことしかできない。けれど、彼の話を聞いているだけで、椿の胸の中に幸せな気持ちがふつふつとわきあがった。
「今日はどうしたんですか」
結構な量があった料理も二人でペロリとたいらげ、ワインも二本開けて、もう帰ろうかというところで思い切って尋ねてみた。
「え?何が」
「何って・・・こんなデ、デ、デートだなんて」
「もしかして、いやだった?」
「まさか!ただ…王子の様子がいつもと違ったから」
「あっは、僕の犬たちはどちらも勘が鋭いなぁ。……あのね、さっき廊下でさ、ザッキーに怒られちゃったんだよね。あんまりバッキーを悪の道に引きこむなってさ」
おどけるように笑った後、軽い調子で話すジーノの言葉に、椿はサッと顔色を青くする。それを見たジーノはより一層おかしそうに嘲笑うが、その目は全く笑っていない。
「全く失礼しちゃうよね。僕がたぶらかしたみたいに言われちゃうなんてさ」
「す、すいません!俺が、俺が悪いのに、そんな」
かすかに震え、今にも土下座しそうに謝る椿を見てジーノはすこし瞳を和らげた。
「そう、君ザッキーに全部自分が悪いって言ったんだって?でもね、はっきり言ってこういうことにさ、どちらかが完璧に悪いなんてことは無いんだよ。どちらも悪いし、どちらも正しい。わかる?」
いまいち釈然としない表情の椿に、ジーノは宣言するように堂々と命令する。
「僕のこと好きならもっと堂々としてよ」
その力強さに椿は何度も頷いた。
支払いは自分が払うという椿の主張は受け入れられずに、結局ジーノに奢られることとなった。「今度は奢ってよ」と言われ、その今度、という言葉に少し舞い上がる。
レストランから出ると目の前にはタクシーが停まっていた。
作品名:王子様を手に入れる方法03 作家名:田中 塩