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シュガーレイズド&チョコレート

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「タイマンだ! ホゴシャシッカクだ!」

 実に可愛らしい幼い声が紡ぐにしては、その台詞の内容は殺伐としている感が否めなかった。だから店内の通行人が「何事?」という顔で覗き込んでくるのはもう、これは、致し方ないと言うほかないだろう。
「…あのね、…アップルパイ食べるかい?」
「オレはバイシュウなんかされねーぞ! …クリームが入ったやつのがいい!」
「クリームだね、了解だ、だからちょっと静かに」
 黒髪の目元の涼しげな青年は、ご機嫌を伺うように小さな子供の顔を覗き込む。そうして視線を合わせたのは大きな金色の目で、その目の持ち主である所の子供は、およそ四、五歳といったところの恐ろしく可愛らしい子供だった。くすんだところのまるでない金髪に同じ色の眩しい瞳も、染みひとつない白い肌も、大きな目も丸くふくりとした頬も唇も。街を歩けば誰もがはっと目を奪われるような。
 だが目を奪われるというのならその傍にいる青年にしても同じことだった。もしかしたら童顔なのかもしれないと思わせるほどには彼の物腰は落ち着いていて、…今は幼児の相手をしているせいか困惑が勝っているように見えるが、それでも十分に人目をひく容貌だった。すっきりと整った目元はけして派手ではないのだけれど、その涼やかさは印象的で。
「クリームがはいってて、チョコがかかっててるのだぞ!」
「アイ・サー」
 耳障りのよい声が、子供に対するのには不相応なほど丁寧に答える。青年はそうして立ち上がりしな子供の小さな頭を撫でて、懇願の勢いで口にするのだ。追加で。
「――帰って来るまで大人しくしていてくれ。ひとつだけ、それがお願いだ」
「オレはガキじゃねーんだぞ! おとなしくくらい、してる!」
 むすっと言い返した子供に青年は笑って、そうだな、勿論知っているとも、ただ念のためお願いしてみたんだ、とおどけて答えた。

 話を少し巻き戻してみよう。
 そこがどこかといえば、イーストシティの目抜き通りに面したドーナツショップ。店内にはイートインスペースもあり、お茶時ともなればそれなりに込み合っていた。そんな中に、一体どういう組み合わせなのだろう、と疑ってしまうような、黒髪黒目の青年と金髪金目の子供が一緒に現われたのが先ほどのこと。愛らしい顔を残念極まりないことにぶすっとさせた子供を抱えながら、青年は幾つかの甘ったるいドーナツとオレンジジュース、それから恐らく自分のためだろう、コーヒーを注文して席に着いた。
 そうして食べ初めて。子供は、誰かに対しての不平を大きな声で唱え始めたのである。それが青年に対してのものではないことは、青年に向かう態度ですぐにわかった。不平を並べつつも、子供にはどこか、その青年に甘えたような所が見られたので。
「…エドワード。どうか機嫌を直してくれないか」
 まるで大人の女性でも相手にしているかのような、そんな口調で青年は子供に懇願した。エドワード、というらしい子供は、追加されたドーナツを齧りながら、上目遣いで青年を見上げる。その目は何かを探るように瞬きを繰り返した。そんな様子に青年は慌てたところもなく、コーヒーを片手に向かい合う子供の目をじっと見つめる。
「…べつに。おまえに怒ってんじゃねーもん」
「ロイ、だろ。私の名前は」
「…ロイにおこってるわけじゃねーもん。…おやじが、わりぃんだもん」
 エドワードはぼそぼそと言って俯いてしまった。しゅんとさがった小さな頭に、ロイと名乗った青年は瞬きする。…そうして、目を細めて。そっと、そのやわらかな金髪の頭に手を載せた。
「…博士は、仕方がないよ、エドワード。でも、あの人は君がかわいくてしかたないはずだよ」
「…そんなん、しんねーもん。…あいつはまたやくそく、やぶったんだ」
 エドワードは完全に食べる手を止めてしまった。ロイは少しだけ焦ったように眉根を寄せて、…そうしてもう少し考え込んでから、大胆かつ強引に、エドワードの両脇に手を差し入れ、テーブルをよけて自分の膝の上に抱き上げた。
 最初の勢いであれば絶対に暴れてむずがったはずの子供は、今はすっかりしょげてしまってぴくりともしない。ロイはなんだかかわいそうになってしまって、膝に抱き上げた小さな体を揺らして笑いかけた。
「エド。大丈夫だよ。ちゃんと覚えてるよ」
「うそだ。あいつはそういうの、わすれちゃうんだ。…オレなんて、どうでも、いいんだ…」
 じわりと目元を滲ませたかと思うと、エドワードはロイの膝の上で向きを変え、ロイの胸にすがり付いてしゃくりあげ始めた。ドーナツのチョコレートがべたりと自分のシャツについてくるのにロイは気づいていたけれど、まるで頼りない背中が揺れるのを見ていたら、そんなことはもうどうでもよくなった。
「エド。どうしたんだい。お兄さんだから泣かないっていっていたのに」
 背中や肩をあやすように撫でながら、ほんの少しのからかいを織り交ぜて言ってやる。そうすれば、すん、と鼻を鳴らして「ないてねえ」とかわいくないことを言う。声に出さずにロイは笑って、初めてこの子供と会ったときのことなどを思い出していた。

 あれは今から何年くらい前だろう。多分、何年、なんていう昔ではなくて、去年か、古くておととしなのだと思う。大学から大学院へ進み、今は教授の助手という地位に落ち着いたロイは、その担当する教授の家族の子供の誕生日パーティに招かれたことがあった。理由の半分は遅く出来た子供を眼に入れても痛くないほど溺愛している教授の親ばかで、もう半分は、家族もなくひとりで暮らすロイを気遣ってのことだったのだろう。…その後ろの半分だけだったら大変いい話だったのだが。
 子供の喜ぶものなどわからなくて、とりあえず、おざなりにぬいぐるみと、それと教授の子供だからちょっとかわっているかもしれないと思って、図鑑を買っていった。この案は半分だけ的中して、子供は図鑑をたいそう喜んで、渡された後ずっと目をキラキラさせて見ていた。途中からはロイの膝の上を指定席にして、あれは、これは、と全部説明させたものである。
 子供は嫌いではなかったが、といって好きなわけでも、相手が得意なわけでもないロイにしてみたらこれは快挙ともいうべき例外的事実で、後にも先にもこんなに懐いてくれたのはエドワードがひとりきりのような気がする。
 エドワードの弟のアルフォンスもそれなりにロイには懐いてくれているようだが、それでもエドワード程ではない。
 そして、そんなにも懐いてくれたらロイだって情が湧く。…例えば家の都合で教授(ロイは教授を「博士」と呼んでいた。なんというか、博士っぽい人なので)が息子を連れてくる時などは(普通に考えたらありえない状況なのだが)必ず相手をしたし、今日のように、息子との約束をすっぽかした父親の代わりを務めてあちこちに連れて行くくらいは朝飯前だった。だから今だって、どう見られているかなんてことも関係なく、こうやって甘やかしていられるのだ。
「エド。俺でよければどこでも連れて行ってあげるよ」