わがままなバーミリオン
最後まで言わせず、エドワードは問い詰めた。鋼の? とロイは怪訝そうに眉をひそめたが、エドワードは構わなかった。
心配してほしいなんて、思ったりしていた。でもそんなこと、あるわけないと思っていた。だけれども。
「…あんたがこんなに早く、…あんた本人が来てくれるなんて、そんなの、ほんとに思わなかった」
ロイの背中を捕まえたまま真剣な顔で見上げるエドワードの、その台詞に、ロイもまた言葉を失った。
「…心配したんだ」
随分な間をおいて、ロイがぽつりと返した。それで、エドワードも目を瞠る。しばしそのまま言葉もなく、二人は見つめ合っていたのだが。
「…えっと」
うぉっほん、というわざとらしい咳払いの後、どうにも行き場がなくそこに佇んでいたハボックから控え目に声がかけられ、二人の視線がそちらに集中する。
「…あの、おふたりで、あとはごゆっくり」
彼は愛想笑いを浮かべると、黙って部屋を出て行った。
「………」
「………」
ぱたん、と閉まるドアを見ながら、二人はやはりしばらく言葉もなかった。なかったのだが。
「…たいさ」
ひそやかに呼びかけてみたエドワードの声に、びくり、といくらか大げさにロイの肩が跳ねた。彼はどうしたことかこちらから目をそらし、どうにかエドワードと目を合わせないようにしているらしい。なんてことだろうか。
「大佐、ってば」
エドワードはロイの肩に手を伸ばし、逃げる彼の顔をのぞきこもうとする。そうすると余計にロイは逃げようとするのだが、それで足元を危うくしてしまったのだから、軍人としてどうなのだろうか。
…人間としては、かわいげがあるけれど。
「…っ」
くっついているせいで諸共に倒れそうになったエドワードだけれど、倒れながらも支えてくれたロイのおかげで床にぶつかることはなかった。そのかわり、ロイは強か背中を打ちつけたようだったが…。
「…大佐。なに照れてんの」
ようやく見ることがかなった男の顔は、目元が微かに赤くなっていた。どう見ても照れているその態度に、エドワードは瞬きした。
「…照れてなどいない」
ぶっきら棒なその声は、エドワードの耳には入ってこなかった。初めて見るロイの顔から、少年は目が離せなくなっていたので。
「…大佐。心配してくれたんだ」
繰り返して突き付ければ、ロイはうっと詰まって目をそらしてしまった。その拗ねたような態度に、エドワードが恥ずかしくなった。
心配なんてしてくれるわけがないと思っていた。だから、ちょっとだけ賭けのような気分でもあったのだ。ロイが、あの声明文を信じるか、どうかは。
けれど彼はあの狂言を信じて。部下に任せるのではなく、自らが来てくれた。エドワードを案じて。これが嬉しくなくてなんだというのだろう。
「――当たり前だ。私は君が…」
ロイは逡巡したそぶりを見せた後、渋々のように口を開き、小さな声で降参した。
好きなんだから、と、小さく。白旗を振ったのだ。
それに対するエドワードの答えは、ロイの首に抱きついて頬にキスをするという、情熱的なものだった。
「…はがね、の」
呆然と眼を見開いて少年を凝視する黒い目に、エドワードは小さく笑った。照れくさそうに。
「…オレも、あんたが好きだ。…だから、心配してくれたらいいなって、思ってたんだ」
白状したら、一瞬の間を置いてからロイは笑った。そうして、目の前の白い額を指ではじく。
「そんなの、いつでもしている。…知らなかったのか?」
「こら、まだ休憩じゃないぞー」
働け働け、と部下の尻を叩くのはのっぽの少尉だ。
テロリストがいるというガセネタが初動だったのだが、テロリストはいなかったけれど災害のネタはあったということで、部隊は大雨の後の復旧作業を支援してから司令部へ帰ることになった。当然市民の感情は上がり、東部における軍部への信頼は増すことになる。
それに加えて。
雨降って地が固まったらしい大佐と国家錬金術師にも、ほんの少しの蜜月の時間がプレゼントされることにもなったわけで、その活動はとても意義のあるものになったとか、ならないとか。
作品名:わがままなバーミリオン 作家名:スサ