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カイトとマスターの日常小話

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黄昏色したジュース







 エンドロールに溜息を吐く。気が付けば、随分と室内は薄暗い。夕陽の赤が部屋を染めるように射し込んでいる。
 大きさを主張するように空に広がる太陽は真っ赤な熟れた果実のようだ。その果実に齧りついたなら血のようなそれでいて甘い果汁が口腔に満ちて、舌を蕩かすのだろう。
 そんなことを思いながら呆けていると、ぱちりと蛍光灯が瞬く。眩しさに目を眇めると、ことりとカイトがマグカップをテーブルに置いた。


「…もしも、世界が明日終わってしまうとしたら、マスターはどうしますか?」


宇宙の蒼か深海の蒼か…どちらも同じ蒼には違いないけれど、薄く水の膜を張った蒼い瞳に自分が映る。カイトに見つめられると水面に自分の顔を映したような不思議な気分になる。それにしも、唐突な質問だな。
「世界が明日終わってしまうとしたら?」
「映画、見てたら、マスターだったらどうするのかと思って」
カイトと観たDVDは十年も前に公開された洋画だ。丁度その頃には何とかの予言で世界が滅亡するとか、終末思想なものが世の中に浸透していた。そんな頃に作られた映画だ。地球に隕石が接近し、このままだと地球の引力に隕石が引き寄せられ、衝突すれば、人類は滅亡してしまう。それを阻止するために人々が死力を尽くす話だ。…最後は隕石の軌道をなんとか逸らすことに成功するんだが…。映画の何が「世界が明日終わってしまうとしたら、どうしますか?」の質問になるのか…不思議に思う。
「どうもしない。いつも通りだろ」
「いつも通りって、最後なのに?」
カイトはことりと首を傾けた。何を知りたいんだろうか?…でも、カイトが思ったことを口にし、些細なことでも俺に訊いて来ることにはちゃんと答えてやりたいと思う。それが俺のマスターとしての責任で誠意だ。
「慌てたって、最後には変わりないだろ。…でもまあ、前日に食ったことのない高級食材で最後の晩餐ってのもいいかもしれないな」
最期になるなら、幸せだったなと思えるような時を過ごしたいと思う。…でもまあ、何かを食いたいと最期に望むなら、それは生きたいと言う欲求なのだろう。別に食い意地が張ってる訳じゃない。食欲が満たされるのが一番簡単で単純な幸せだ。ご馳走じゃなくてもいい。隣で向かい合って、いつも通りに、卵焼きに「甘い」と文句を言えるような普通がいい。
「…マスター、僕は真面目に訊いてるんですけど」
カイトが不満そうに、そして思いつめたような顔をしてむうと眉を寄せる。真面目な話だったのか。なら、真面目に答えてやらないといけない。俺が地球最期の寸前まで望むことはたった一つだけ。それは地球が滅びず、生き延びて、寿命を迎えて、俺があの世に旅立つときも同じだ。


「…でもまあ、終わるその瞬間までお前が隣にいて、歌声が聴けるなら、幸せな最期かもな」


最後の最期になるとしたら、隣にはカイトがいて、カイトの声を聴きながら隕石が落ちてくる様を眺めるのも悪くはないかもしれないなぁと思う。実際、そうなってみないと解らないけれど、やっぱりいつも通りに過ごしそうだ。慌てても来るもんは仕方ないしな。それが幸せなことなのかもしれない。


「…カイト、お前は…」


どうするんだ?…と、カイトに視線を向ければ上機嫌に嬉しそうな顔をしている。ちょっと前まで思いつめたような顔をしていたくせに。何かお前が喜ぶようなことを言ったか、俺は?…いや、言ってないよな?


「僕、最期の瞬間もマスターのそばにいてもいいんですね」
確認するようにカイトが袖を引っ張る。それに意地悪く、口端を上げる。
「他に行くとこあんなら、そっちに行ってもいいぞ」
…とは言ってみたが、そうされたら嫌だな…。顔には出さずに思う。
「何、言ってるんですか。僕の居場所はマスターの隣です。他に行くとこなんてありません」
大真面目な顔でそう言って、それからふにゃりと表情を崩して、俺にカイトは引っ付いてきた。


 …愛いヤツめ。そんなに俺が好きか、お前は。


まあ、俺もそう思ってるよ。恥ずかしいから言わないけどな。


その時が来たら、沈んでしまった太陽のように真っ赤に熟れた果実を絞ったジュースで乾杯して、一緒にお別れしようか。


 隕石が落ちて来ず、平和な毎日が続くように祈りながら、カイトの頭を撫でてやる。最期の日はこんな風にそばにいて、カイトに歌を歌って欲しいと俺は思った。





オワリ