カイトとマスターの日常小話
アルコールは限度を守って、適量に。
最近は甘味を好む男性が増えていて、コンビニにもメンズ専用のデザートが置いてあったりするし、ケーキバイキングに出掛ける男性も少なくないらしい。カイトのように超がつく程、俺は甘党ではないが、疲れたときとか熱出して寝込んだときに無性に食べたくなるのがプリンだ。…子どものとき母が寝込むたびに作って食べさせてくれたのがそれだったからか…味覚も麻痺した舌にプリンはやたら美味しく感じられたのか、はたまたそれが刷り込みのように記憶に残っているから、俺はプリンが好きなのか。…でも、好きだからと言って毎日、食べたいとは思わない。たまに食べるから美味しいのだ。だが、カイトのアイス好きはもう病気だと思う。毎日、食っても飽きないらしい。一度、台風が来て、アイスを買いに行けずに切らしたその日は禁断症状を起こしかけていた。お前の動力源はアイスかと何度、心の中で突っ込んできたか解らない。…いや、今はそんなことを考えている場合じゃないだろう。…何だ、この状態は…?
「…くふふふっ」
アイスのスプーンを咥え、妙な笑い声を漏らしたカイトは俺を見下ろし、うっとりと微笑った。いつもはおっとりとした双眸がとろりと恍惚に濡れ、尋常じゃないのは俺の気の所為だ、これは夢だ。そう思って、目をぎゅっと閉じてみるが、気の所為でも夢でもなく、現実だった。腹にどしっとくる重みが現実的過ぎる。目を開けるとカイトは何が楽しいのか、うふふと笑った。
「…カイト、重い。どけ」
眉間に皺を寄せる。…どうしてこんなことになった。カイトに付き合って普通に風呂後のアイスを食っていたはずなんだが…。
「やーれすぅー」
呂律の回らない返事が返ってきて、思わずカイトを凝視してしまう。反抗的な態度を取られたのは初めてだ。大概は謝って、慌ててどいて、どこかをぶつけて泣く…と言うのがカイトの行動パターンなんだが…。嫌だは俺の幻聴かもしれない。
「どけって」
「やだ!!」
腹の上で踏ん反り返ったカイトが言う。…幻聴じゃなかったか。…しかし、何で俺、カイトに押し倒された挙句、腹の上に乗られてるんだろう。…ってか、カイトは何がしたいんだ?
「…お前、何がしたい訳?」
訊ねるとカイトはスプーンを咥えたまま、へらりと笑った。
「…ますたーのー」
「俺の?」
「たべてた」
「食ってた?」
「あいすー、ぼくもたべたい!」
「…もう食ったから、ない。お前、自分の分、食ってるだろ」
手にしたカップに目をやり、そう言うとカイトはぶうと頬を膨らませた。
「やだ!!ますたーのあいすもたべる!!」
何だこの駄々っ子は。いつもは聞き分けよく控えめないい子なのに、一体、何なんだよ?
「ねぇよ」
素気無くそう言ってやると、カイトはむむっと眉を寄せた。目が据わってる。
「くちのなかにかくしてるでしょう?」
「は? 隠してねぇよ」
隠していたら溶けて、大惨事だろうが。それにこうやって喋ることすら出来ないだろうが。そう説明するが、カイトはスプーンをぺいっと放り、カップをテーブルに置くとぐいと身体を倒して、俺の顔を覗き込んできた。
「うそはだめです!」
「嘘って、」
「ばにらのにおいする」
ぺろっ。
一瞬、何をされたのか解らず、目を見開く。今、俺、何された?
「ほら、やっぱりかくしてる。ばにら、ぼくもたべるー!!」
近づいてきたカイトの顎を慌てて、突っ張る。仰け反ったカイトが俺の手首を掴む。
(…これは、貞操の危機ってヤツか?…いや、違うだろ!!)
たおやかな外見を裏切り、カイトは見掛けとは違い馬鹿力だ。掴まれた手首はぐいっと押されて、床に敷いたラグに沈んだ。
「…か、カイト?」
この状況を打開すべく名を呼べば、くふふとカイトは笑い目を細めた。
「いただきまーす!」
南無三…!!ぎゅうっと目を閉じる。衝撃は口ではなく、肩に来た。恐る恐る目を開ける。すうすうと寝息が聴こえてきた。
「…カ、カイト?」
様子を伺うが、反応はない。拘束の緩んだ指先から手首を引き抜いて、つんとカイトの髪を引っ張ってみるが無反応。
「…ハッ…」
何だか、気が抜けた。圧し掛かったカイトの身体をずらし、起き上がる。前髪を掻き上げ、溜息を吐く。そして、ふっと目に止まったのはカイトが食べていたアイスのカップ…。
「…ラムレーズン…」
…酔ってたのか?…いや、まさかな。アイスに含まれるアルコール量なんて高が知れてるだろうが…。でも、カイトなら有り得る気が…。そう思いながら、空になったアイスのカップを片付け、カイトが放り投げたスプーンを拾い上げる。片付けるべく、キッチンに入ると見慣れない缶が置いてあった。
「何だ、これ?」
自分が買った、飲んだ記憶もないからこれはカイトが買ってきて飲んだものか。
「…あー、アイツ、桃のジュースだと思って買って飲んだな」
缶にはお酒、アルコール度数4%の文字がしっかりと記載されていた。
「…酔ってたのか…」
ははっと乾いた笑いが零れたのと同時にひどく俺は安心した。
「あ、おはようございます」
翌朝、起きてくるとカイトはいつも通りに朝食を作っていた。
「…お早う」
俺のテンションは限りなく低い。昨日はカイトをベッドに放り込み、アルコールを飲みすぎるほど飲んだが眠れなくて、寝不足だし、鐘がガンガン、頭の中で鳴り響いている。完全に二日酔いだ。呼気も相当臭うのではないかと思ったが、それを気にするでもなく、カイトは湯飲みを差し出した。
「マスター」
「…ん?」
「僕、昨日、ジュース飲んでから記憶ないんですよね。ベッドに自分で入った記憶ないし、メモリー検索してみたんですけど、そこだけ抜けてるんです」
「…あー」
そんなことだろうと思ったぜ。覚えてたら、もっと慌ててるはずだしな。
「何があったか、マスター知りません?」
真面目な顔でカイトが訊いてくる。
(俺を押し倒して、口舐めた…なんて、言ったら、コイツ、どんな顔するんだろうか…?)
一瞬、思ったが言う必要もないだろう。ややこしくなりそうな気がするし。でも、念を押しておかねば。
「お前がジュースって言ってるヤツ、酒だったぞ」
「お酒?」
カイトはことりと首を傾けた。…やっぱり間違えたのか。
「そう。酒飲んだ、お前の酒癖は最悪過ぎだったぜ」
「え?最悪って、僕、マスターに何かしたんでしょうか?」
顔色を変えたカイトが恐る恐る俺を伺った。
「……カイト、世の中には知らないことがいいこともあるんだ」
「そんなこと言われると気になるじゃないですかー!!」
問い詰められても俺は昨日のことを教えるつもりはない。…押し倒された挙句、唇舐められて死ぬほど狼狽したなんて、俺の沽券に関わる。犬に噛まれたと思って忘れることにしたのだから、俺はもうこの件に関してはなかったことにする。カイトが覚えていないなら好都合だ。
「それとお前、アルコール禁止な。絶対、口にするな。ラムレーズンも禁止な」
それだけはきっちりと念を押すのを忘れずにそう言うと、どっと疲れた。
飯、食ったら、寝よう。…頭、痛ぇ…。
ぎゃーぎゃー騒ぐカイトを無視して、俺はテーブルに突っ伏した。
オワレ
作品名:カイトとマスターの日常小話 作家名:冬故