二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

カイトとマスターの日常小話

INDEX|5ページ/54ページ|

次のページ前のページ
 

マスターが風邪を引いた。







「…マスター、大丈夫ですか?…救急車呼びましょうか?」

海から帰って来るなり、熱を出してマスターは寝込んでしまった。僕は自分がしてしまったことを後悔していた。…僕はボーカロイドで人間じゃないから、水に濡れたって風邪は引かない。でも、マスターは人間だ。水に濡れてそのままでいたら、風邪を引くに決まってる。
「救急車…はな、救急に…病院に…行かないと…いけない、人間が…乗る、もんだ。…ちょっと…熱が…出た…くらいで…そんな…もんで…運ばれ…たら、近所中…の…笑い…もの…だぜ…」
喋るのも億劫そうにマスターはそう言って、僕を困った顔で見つめた。
「…熱は寝て…れば下が…る。…だか…ら、そん…な顔す…んなよ。カ…イト」
「…そんな顔って、どんな顔ですか?」
マスターの体温計は38度を超えている。弱ってるマスターを目にするのは初めてで、僕はどうしたらいいのか解らない。こんなことなら、家庭用の医学をインストールしとくんだった。…後悔しても遅すぎる。
「泣きそう…な顔し…てるぞ」
「…泣きたいです。…マスター、死んだりなんかしませんよね?」
「風邪…で死ぬ…か…よ…」
「拗らせたら、死ぬかもしれないじゃないですか。…嫌ですよ、そんなの…」
思考がどんどん悪い方向に流れていって、最悪なことばかり考えてしまう。その僕の額をマスターが力無く小突いた。
「…そう、簡単に、死ぬか…バカ…それより…お前、買い物…行って…来い…」
「え?」
「メモ、用紙と、ボール…ペン…取って…くれ…」
「は、はい」
言われた通りに持ってくると、僕に今から言うもののメモを取れと言う。
「…風邪薬、冷えピタ、ポカリ、プリン、アイス…?」
「風邪…薬は…ドラックストアの…店員に症状を…説明して…選んでもら…え。…プリンは…クリームののった…ヤツ…な。…アイス…は…買い…物…の…駄賃…だ。…お前…の…好き…な…もん…買って来い。…俺は……寝る…」
「解りました。…マスター、」
「…ん?」
「買い物行ってる間に死んだら嫌ですよ」
「……バ…カ」
長い沈黙の後、マスターが呆れたようにそう言った。






 ドラックストアで薬を選んでもらって…僕があんまりにも必死の顔をしてたからか、具合が悪いのはお兄さんの彼女ですか?…と聞かれてしまった。…どう答えたら解らなくって、笑って誤魔化した。…マスターは彼女じゃない。男だ。…そして、彼氏でもない。マスターはマスターだしな…うーん。…冷えピタもちゃんと買って、コンビニに寄って、マスターご指定のプリンと、ポカリ、雪見大福を買った。…アイスはマスターが元気になったら一緒に食べるんだ。僕は家路を急ぐ。

「マスター」

家の中は静かでしんとしている。…いつもは、おかえりって言葉が返ってくるのに…。僕は不安な心を押し隠して、マスターの寝室のドアを開いた。
「…マスター?」
マスターの寝息が返事のかわりに聞こえて、僕はほっとしてマスターのベッドの脇に膝をついた。
「……汗、掻いてる」
苦しいのかマスターは眉間に皺を寄せている。僕はタオルを取りに洗面所まで走って、風呂場から洗面器を持ってくる。冷蔵庫の製氷機の氷をそれに移して、氷水を作ってタオルを浸して、固く絞る。それを持って、部屋に戻り、マスターの額に浮かぶ汗を拭い、頬を拭くと眉間に寄っていた皺が解けた。
「…良かった。…えっと、冷えピタ…」
箱裏の説明書きを読んで、袋を開封して、湿布のフィルムを剥ぐ。マスターの前髪を掻き上げて、それをぺたりと額に貼った。
「……あ! アイス、プリン、冷蔵庫にしまわなくっちゃ」
冷蔵庫にそれをしまって、僕はマスターの枕元に戻ると腰を下ろした。
(…僕に何が出来るかな?)
マスターの表情は前に比べて、大分良くなった…ような、気がする。それを見つめ、僕は喉を開く。…僕は歌うことしか出来ない。なら、せめて、マスターがいい夢をみれるように、少しでも苦しくないように。

「…薔薇の花は風に揺れて 夢の歌を歌います
眠れ ぼうや 静かな夜 花の中で朝を待つの…」

昔、妹や弟に歌ってあげた子守唄。
…マスター、早く良くなってください。
僕は祈りをこめて歌う。

「空の星は光青く 夢の国へ誘います
眠れ ぼうや 遥かな空 星の中を駆けて行くの…」








「…ん?」

目を開ける。体を起こせば、ぺらりと額から乾いた冷えピタが落ちた。
「……カイトが貼ったのか……」
だるさは少し残るものの大分、良くなった。
(…そういや、カイトは…)
どうしたのだろう?…そう思って、動いた指先。薄暗い室内、蒼く染まった髪に指が絡む。
「…カイト、風邪引くぞ」
そばにいたのか。…何だか、擽ったい気持ちになる。看病されるのなんて、子どもの頃以来だ。その気持ちが何だか恥ずかしく思えて、…わざと髪を引っ張るがカイトは反応しない。…って言うか、こいつは人間じゃないんだから、このまま放っておいたって、風邪なんか引かないんだったな。…そう言えば。
「…犬、みたいだな。ホントに…」
子どもの頃飼ってたゴールデンレトリバーに似てる。人懐こい犬で随分と寂しがりやだった。カイトは俺が可愛がってたその犬にそっくりだ。
「…男と寝る趣味はないんだけどな。…今回は…特別ってことで。…まぁ、いいっか…」
ブランケットを捲り、カイトの身体をベッドへと引き上げるのに一苦労。カイトは寝言を言った。…その寝言が顔から火が出るほど恥ずかしい。
「…重いな、コイツ…」
わざと悪態を吐いて、すうすうと寝息を立てるカイトの身体にブランケットを掛けて、頭を撫でてやれば、カイトの寝顔がふにゃりと緩む。それに和んで、目を閉じる。夢で聴いた柔らかいカイトの歌声がすぐに深い眠りへと俺を導いて、溶けるように意識が落ちた。






…目を開ける。
…朝か。
…外が明るい。
…マスターはどうしただろうか………マスター!?

「マスター!?」

起き上がったのと同時にブランケットが落ちて…気付く。マスターのベッドに何で、僕が寝てるの?……って、マスターがベッドにいない?

「マスター!!」

慌てて、部屋を出るとリビングに新聞を広げて、コーヒーを飲んでいるマスターがいた。
「っ、何、やってるんですか!早く、ベッドに戻って!!」
「…朝っぱらから、お前は元気だな。…風邪は熱が引いたから大丈夫だ」
「大丈夫って、……熱が引いたって、本当に?」
「先、計ったら平熱だった。…それより、腹減った」
「……本当に大丈夫なんですね?」
マスターの顔色は大分良くなっているけれど、またぶり返すかもしれない。マスターを見つめると、
「そう言ってるだろーが。早く、飯を食わせてくれ。昨日から、何も食ってないしな」
と、平素と変わりなく僕に飯を食わせろと言ってきた。
「今、支度します。…おかゆでいいですよね?」
「…おかゆぅ?…普通の白いご飯でいいって」
「寝込んでたひとが何言ってるんですか!おかゆにしますから、それを食べてください!!」
ぴしゃり。…そう言うと、マスターは溜息を吐いた。