二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

カイトとマスターの日常小話

INDEX|9ページ/54ページ|

次のページ前のページ
 

花のような日々






 夏の終わり…。

自分でもヤバいなとは自覚していたが、何故か立て続けに大口の仕事が入り、皆が手を一杯に不眠不休で働いているというのに、流石に休みたいと言い出せない。自分が抜けたら穴が空く。その穴を埋められる人材はない。そして、昨日、後輩がやらかしてしまったミスを御人好しにも処理し(…俺以外に処理できる人間がいなかった…)、自分の仕事は持ち帰り、処理する毎日…。…日中、クライアントに会うべく、未だに衰えることのない日差しの外に出、冷えすぎた室内に通された所為か、不調な身体の調子が益々、おかしい。…風邪を引いたのかもしれない。悪寒がする。頭が重くなっていく。ここ最近、まともに寝てない。微熱が続いて、身体が怠るい。キーを叩く指も重くなる。

 眠い……。

駄目だ、寝るな!!…やらないと、いつまでも終わらない。頑張れ、俺!
そうだ。近くのコンビニに栄養ドリンクを買いにこう。飲めば、元気が出るさ、多分…。
無理矢理思い込んで、疲れた身体に鞭打って立ち上がったのと同時に立ち眩む。
(…ヤバい…)
そう思ったのが、最後だった。気がついたら、俺は病院のベッドの上にいた。





 病名は、過労と軽い栄養失調。貧血。





 …だろうな。医者から、淡々と告げられた言葉を反芻する。…倒れる…とは思わなかったが。…倒れたと会社から知らせを受けて、顔色変えたたったひとりの家族である妹に泣かれるわ怒られるわ…。…そして、過労死されたら困ると室長が二週間、貯まっていた有給をくれたので、皆には悪いが有難く休むことにした。…病院にいたのは、三日。…そして、自宅療養中な身であるのだが、今まで働き詰めでいた所為か降って沸いた休みをどう使えばいいのか解らない。取り敢えず貯まっていた洗濯物を片付け、家の中を暇なので纏まった休みが取れたらやろうと思っていた模様替えを敢行し、掃除を済ませると、やることがなくなってしまった。
「…暇だ…」
こんなにも、暇だと何をしたらいいのか解らなくなる。…そういや、長らく自宅のパソコンを弄っていない。…たまには動画でも見るか。…それが、始まりだった。

「…へぇ…。今、こんなのが流行ってんのか」

動画で流れていたのは、アプリケーションソフトVOCALOIDが歌う歌。最初に観たのはツインテールが可愛い女の子…初音ミクが歌う動画で、色んなバリエーションがある。オリジナル、カバー、喋っているのやら、ネタやら、他のVOCALOIDと組み合わせたデュエット…色々で。それを見て楽しんでると、ひとつの動画に行き当たった。

「…これ、本当に、ソフトが歌ってんのかよ?」

ミクを聴いたときにもそう思ったのだが、その声は何と言うか、ミクとは少し違う。そう思わずにいられないほど、感情豊かで深みのある柔らかい声。…気がつくと、俺はその動画を見ながら、泣いていた。悲しい歌詞ではない、むしろ温かな柔らかい歌詞だったのだが、ぱたぱたっと落ちる涙はとまらなかった。その歌声に。そして、気がつくと、その動画で歌っていたVOCALOIDのタグが付いた動画を片っ端から検索し、歌を聴いていった。

 そのVOCALOIDが、「KAITO」だった。

三日で中毒になっていた。その声に。まさか、野郎の声にハマるなんてと思った。…他のVOCALOIDの曲も色々聴いたが、最後には彼に戻る。一番落ち着くのが、彼の声なのだ。
「…楽しそうだな…」
ネタでもガチでも、ただお喋りしているだけでも、踊らされて、恥ずかしい格好をしていても、歌っている彼は楽しそうで、歌うことが好きなんだなと聴いてる俺にも伝わってくる。…ただのアプリケーションソフトなのに彼の声には感情がある。それは歌わせているプロデューサーの腕の賜物だろう。…でも、それだけなんだろうか?

動画の下、市場にある彼のパッケージを見つめる。

 買っても歌わせることなんて自分には出来ない。…休暇が終われば、弄ることも出来ない日々に自分は戻ることになる。…解っているのに、欲しいと思ってしまった。その声をそばに置いておきたいと…。それでも湧き出るような、所有欲がマウスをクリックしていた。


「…やってしまった…」

…呟いて、脱力感に襲われる。
…なるようになる…しかないよな…と、自分に言い訳しながら、あの声を手に入れたのだと、心、躍らせてる自分がいた。






 そして、その二日後、「KAITO」が届けられた。……人間が入っていそうなデカい箱で。

「…俺、こんなデカいのを購入した覚えはないんだけどな」

俺が購入したのはアプリケーションソフトウェアで、中に入っているのはCD-ROM、一枚、…のはずなんだが…。運送屋の兄さんが二人がかりで運んできた箱を目の前にし、困惑する。送り状には確かに届け先に俺の名前と送付先には注文先の会社名が入っている。
「…受け取り拒否したほうが良かったか?……返品するにしても、明細確認しないとな。取り敢えず、開けるか」
ダンボールを開封する。幾重にもエアークッションに包まれた何かが入っている。その何かの上に明細。その明細を確認すると、「VOCALOID KAITO」と商品名とちょっとお高い金額が間違いなく記載されていた。
「ソフト1本のはずなのに、重いし、何なんだ?この厳重梱包…」
取り敢えず、梱包を一枚一枚解く。最後の一枚を剥がし、心臓が飛び出るほど、驚いた。

「…っ、!?」

最後の一枚のエアークッションを開いたのと同時に蒼い髪がはらりとダンボールの隙間を埋めていた緩衝材の上に落ちた。思わず、驚いて引っ込めた手を震わせながら全てを取り去るとそこには、白いロングコートに青いマフラー。耳にはインカム。…動画で観たKAITOのキャラクターそのままに横たわる等身大の人形…が入っていた。

 何なんだ? これは?

バクバクと心臓が鳴く。驚き過ぎて、声が出ない。…悪戯か?…っていうか、何だ、コレ?…死体…じゃないよな?…取り敢えず、落ち着こう。…息を吸って、吐く。
深呼吸を何度か繰り返すうちに心拍数も落ち着いてきた…ような気がする。改めて箱の中を見ると、どこかの童話のお姫様のように幸せそうに眠るKAITOがいる。
「…夢でも、見てんのか?…俺?」
頬を抓ってみるが、痛覚があるから夢ではないらしい。
「…良く出来てんな…」
造作に感心する。…白い頬…まるで、人の肌のように柔らかな輪郭をしている。目蓋を縁取る睫毛は長く、髪と同じ色で蒼い。胸の上、組まれた腕。袖から覗く手首はしっかりとした青年のものなのに蒼く染めらた指先はたおやかに長い。…閉じられた唇は淡い桜色で、この唇があの声を発するのかと思うと不思議な気がした。それをどれだけ、俺は眺めていたろうか?

「…見惚れてても仕方ないだろうが…」

呟いて、我に返る。これでは変質者だ。…俺にはそんな趣味はない。…ぶんぶん、頭を振って、箱の中を改めて見やると、付属品らしきものが目に写る。取り出し、早速、開封すると、それはマニュアルと説明書だった。

「…生体VOCALOID?」