賢い少年さくらとおばけのマリー
言い終えた後、さくらはわざと身体を大きくひねった。
窓の外の風景を見ようとした、とでも思ってもらえれば運が良い。
マリーからは見えないようそむけた顔の、耳と顎のちょうど真ん中あたりに、マリーの視線を感じる。
『……そうね』
マリーの声だけが聞こえる。声だけが、さくらの身体を通り過ぎていく。
『なぜかしら。今、……すこしだけ、うれしかったわ』
マリーは笑った。三日月型の口の中に、やはり闇が満ちている。
『さみしい、って気持ちが、すこし減ったからかしら………』
それきり、さくらが何も言わないでいると、遠出の疲れからか、マリーはうたたねをはじめた。
さくらはその横顔をいつまでも見つめていることができた。
まるで音楽のように掴みどころがなく、月のように夜空を飾るマリー。
血の通わない少女マリー。
(俺が、何が欲しいのかって?)
(本当は、何が欲しいのかって?)
こたえはうっすらわかっていた。
けれどさくらの温かく正しい手は、彼女に触れることすらできないでいる。
作品名:賢い少年さくらとおばけのマリー 作家名:ちかみち