不器用な僕らは。
『 不器用な僕らは 』
「すごいね!ニュースで言ってたよ〜」
「ホント?今日ギリギリでテレビ見ないで来ちゃったんだ」
始業時間まであと30分。
駐輪場から昇降口へ足早に向かう生徒達の群れはどれも同じ話題で持ちきりだった。
サッカー部の朝練が終わる時刻。
校内の視線は一人の人物に注がれる。
「円堂、さっき校門の所にテレビカメラが来てたぞ?」
「あ。俺も見た!」
「すげーな。あの話って本当にもう決まってんのか?」
「あー…それなぁ…まだ詳しく話しちゃいけないことになってんだ」
練習用のユニフォームから制服のシャツへ腕を通し、学ランを手にした円堂は少しだけ溜め息をついた。
この時期になると、学ランを着るのは少し暑苦しいが…シャツのまま校内を出歩くと生活指導の教師がうるさいのだ。
「マジか。話しちゃいけないってことは………どっちにしてももう決まってるってことだよな!」
「だーかーらー。それも、話しちゃいけないんだって(笑)」
結局学ランには袖だけを通し、前のボタンを留めることを諦めた円堂は苦笑する。
「まぁ、契約関係のことは結構厳しいからな。察してやれ」
同じく、学ランの前を開けたまま通学カバンを手にした豪炎寺は、尚も食い下がろうとする半田をやんわりと制した。
「それより半田。お前のクラス、今朝は英語の小テストをやるんじゃなかったか?」
「おわっ!!!!そうだった!やっべーーーーーー!」
とりあえずシャツだけ羽織って飛び出して行く半田を、部室に居た全員が溜め息と苦笑で見送った。
「豪炎寺! …サンキュな」
「円堂」
クラスへと戻る途中。
購買で飲み物を買うからと部員と別れた豪炎寺の背中へ、バタバタと響く足音と共に明るい声がかかる。
「こんな所に来て大丈夫なのか?有名人」
「あんまり大勢で居ない方が、話しかけにくいモンらしいぜ?」
ニッと笑った円堂は、豪炎寺の隣へ追いつき、同じペースで歩き出す。
わざわざ追いかけて来たのは、礼を言う為だけでは無いようだ。
「あの…さ………」
二人、前を向いて歩きながら、声をかけるがその先がどうにも続かない。
「無理しなくていい。今は話せないんだろう?」
「…あぁ。ホント、契約って色々大変なんだなー」
そうやって歩いている間も、廊下のあちこちからは「円堂さんだ…」「サッカー留学ってホントなのかな?」などと様々な声が聞こえる。
が。
確かに、直接話しかけてくる勇気のある人間は居ないようだ。
「今日の練習には出られるのか?」
「うーん…一応、そのつもりでは居るんだけどな…。ちょっと騒がしくなりそうだからグラウンドには出るなって、監督には言われてんだ」
「そうか」
「うん」
淡々と、会話を交わしながら購買でミルクティーのペットボトルを買い、2階の教室を目指す。
円堂が留学をしようが自分達の関係は変わらないし、殊更に大袈裟な反応を示すことでは無いというスタンスを豪炎寺は崩さない。
それはこの噂話が出始めた頃から一環していて、そんな彼に引っ張られるよう、部員の皆も(一部を除いては)距離を崩さず接することが出来ている。
「………人気者は辛いな(笑)」
「…そうだな(笑)」
閉められていた教室のドアを開けた途端、クラス中の視線が集中して…
思わず呟いた声は、シンと静まり返った教室によく響いた。
『円堂守が、イギリスにサッカー留学するらしい』
そんなウワサが広がりだしたのはちょうど3月頃だった。
3年への進級を待たずに留学するのか・もしくはあちらの学校の新学期に合わせ、夏からの留学となるのか…。
2〜3日が経つ頃にはそんな詳細までもが噂される始末で、雷門高校だけでなく近隣の高校からも野次馬がサッカー部へ訪れるほどの騒ぎとなっていた。
結局そのまま円堂は3年へと進級し、噂はあくまで噂だったのか・と囁かれ始めた頃、テレビと新聞で大々的に留学の話が取り上げられたのだ。
サッカー部員達の動揺は相当だったが、当の本人がそのことについては一切口を割らなかった為、表立って話題にすることもなく来ていたのだが…
昨夜、留学先と噂されているイギリスの名門校サッカー部顧問が来日したと、今朝の新聞各紙・ワイドショーが伝えたことで学校中が浮き足立っている。
「円堂くんが…イギリスに…留学………」
理事長室で、何度目を通したか分からない新聞の記事をもう一度見つめ、雷門夏未は惚けたように呟いた。
何回かそんな話は出ていたのだが。
雷門の皆で3年間国立へ行くのだと、楽しそうに語る円堂を見ていたからどこかで安心をしていたのだ。
理事長代理である夏未にも、コトの顛末は下りて来ては居ない。
…大方、父が根回しをしているからに違いは無いのだが………
「ここまで来れば確定だって、そんなこと、誰にでも分かるわ」
今朝告げられた、本校への来客者スケジュールが頭から離れない。
自分は、うまく理事長代理としてその場に立つことが出来るのだろうか…。
キーン コーン カーン コーン
レトロな響きのチャイムが、無遠慮に予鈴を告げる。
もう教室に戻らなくては。
「………私、ちゃんと笑えるのかしら…」
新学期早々の席替えで隣の席になれた時は本当に嬉しかったのに。
今日だけは、あの席に座ることをとても苦痛だと思ってしまう。
「……………」
ギュっと目を閉じて、意を決したように立ち上がる夏未は、最後に小さな溜め息をもう一度零してから立ち上がる。
書類の積まれたデスクの右隅に、不自然に折りたたんだ新聞をそっと置いて。
* * *
「あれ、夏未さん、お弁当は?」
長かった午前の授業が終わり、開放感で賑わう教室を出ようとした所を、秋が呼び止める。
普段は一緒に、教室や屋上で昼ごはんを食べているのだが…今日の夏未は手ぶらだ。
「ちょっと片付けてしまいたい仕事が残っているの。理事長室で食べようかと思って…」
我ながら白々しい言い訳だとは思いつつ、用意してあった言葉をゆっくりと告げる。
秋は一瞬、丸い目をさらに丸くして驚いていたが、次の瞬間にはフワリとした笑顔になった。
「そう。あんまり根を詰めすぎないでね? これ、一緒に食べようと思って持ってきたんだけど…良かったら食べて」
可愛くラッピングを施されたカラフルなセロファンが、乾いた音を立てて夏未の掌に転がる。
袋いっぱいに詰まっているのは、多分、秋の優しさだ。
「…ありがと」
思わず少しうつむきかけた夏未は、慌てて笑顔を唇に乗せて歩き出す。
廊下の曲がり角まで、心配そうな秋の視線が注がれているのを感じた。
「遅かったな」
手の上の袋に気をとられていた所為で、完全に油断していたところにかかった声に、思わず大袈裟に肩が揺れた。
数歩先。
理事長室の扉へもたれるように背を預けていた豪炎寺は、腕組みを解いてこちらへと身体の向きを変える。