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不器用な僕らは。

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「少し、話に付き合って貰えないか?」

 表面上は穏やかだが、その瞳は決して笑ってはいない。
 主に怒っている時に表れる、いつもより殊更に穏やかなその微笑みが夏未は苦手だった。


 扉を開け、部屋の中へと歩を進める。
 乾いた音を立ててドアが閉まると、一気に部屋の空気が重くなった気がした。
 窓際へと近づいていく豪炎寺とは対照的に、夏未はドアから一歩踏み出した所で足を止めてしまう。

「今日、会見の予定も組んでいるのか?」
「………そういったことは、一般生徒には伝えてはいけないことになっているわ」
「ふぅん。…じゃあ、あの車が誰を乗せているのかも、答えては貰えないということか」
「えっ!?」

 来客の予定は午後3時だ。
 こんな時間に来るはずがない・と窓際へ駆け寄った夏未が見たものは、教師の誰かが頼んだのであろう、近所の中華料理屋の出前の車だった。

「………ひどい!」
「何のことだ?」

 少しだけ豪炎寺が笑い、その笑顔に、動揺した自分の気持ちがどれだけ張り詰めていたのかを夏未は思い知る。
 ちょうど一歩分の間隔を空けて隣に並んだ彼は窓に背中をもたれさせ、理事長室の壁に貼られた記念写真を見上げていて…
 いつもはキツく結ばれている唇が、何か言いたそうに開いては閉じてを繰り返す間、夏未は何も言えなかった。

「お前はそれでいいのか?」

 秋のくれたクッキーの包みに視線を落とし、完全にうつむいてしまった夏未に、写真を見つめたままの豪炎寺が問いかける。

「…あなたも、それでいいの?」

 クッキーは多分秋の手作りだろう。
 昨夜にでもニュースを知って、急いで作ってくれたのかもしれない。
 同じくらい動揺して、怖い思いをしているハズなのに…
 秋も、豪炎寺も、今朝方メールをくれた鬼道も、皆優しい。

(私一人、こんな風になって………)

 サッカーを知って、皆と一緒に過ごすようになってから色んな表情を見せて、見られて来たけれど。
 今この瞬間は誰にも見られたくなくて…。
 秋のクッキーを震える手で握り締めながら瞳を閉じる。


「こんな風に勝ち逃げされたまま、行かせる予定じゃ無かったんだがな」
「…え?」
「こういう時、バカみたいに素直なのがお前の取り柄だろ?」

 グイっと、両肩におかれた掌のおかげで下を向いていた身体が起こされる。
 目の前では、視線を合わせるために屈んだ彼の印象的な瞳が真っ直ぐに自分を見つめていて。
 もう一度瞳を閉じて逃げることなんて出来なかった。

「『行かないで』…じゃないな。お前の場合『私も行くわ』…か。 そんなフラフラになってまで溜め込んだって、言葉にしなきゃ円堂には伝わらないぜ?」
「っ…そんなこと…」
「無くは無い・よな。 木野は分かってるからソレ、お前に渡したんだろうし。 …まぁ、あいつもじっとしてられなくてそれを作ったのかもしれないけどな…」

 息がかかりそうなほど近くで、低い静かな声がゆっくりと強張った身体に響いて行く。

「そ、そりゃ…雷門高校理事長代理としては…全国制覇に彼が欠けることはとても痛手だわ」
「………いい加減、もう逃げるの、やめろよな」
「っ!」

 スっと瞳を細めた豪炎寺の胸元に、頭ごと抱きこまれたと気付いた時には悲鳴も出なかった。
 痛くないよう、息苦しくない程度の力で回された両腕は、振り解こうと思えば振り切れるはずなのに…

「木野も、俺も、鬼道も。他の奴らだって…皆正直に向き合ってる。お前だけが中学のあの時間から抜け出せないで居るんじゃないのか?」
「私はっ…」
「…うん」
「私は……」
「…うん。聞いてるよ」

 背中にまわされた掌が、あやすようにゆっくりとしたリズムを刻んで。
 頭上から降る穏やかな低音が優しくて、泣きたくなる。

「私は…ただ、サッカーをしている円堂くんが…………好きなだけなの…」
「…うん」
「誰かの為とか私の為とか…そういうことは嫌なの…」

(私にサッカーを教えてくれた円堂くんが…目の前から居なくなる)

 根拠も無く、ずっと皆一緒だと信じきっていたあの日々が懐かしくて恨めしい。

「でもそれでも。そんなあいつの傍に居たいと…思うから、お前はこんなに苦しいんだろう?」
「違う……違うわ…」

 小さく首を左右に振りながら。
 力無く何度も「違う」と繰り返す夏未の掌ごと、身体を起こした豪炎寺の両手が握り締める。

「ついて行くことも、残ってあいつの帰りを待つことも…どちらも間違いじゃない」
「…私は……」
「大事なのは、自分にウソをつかないことだ」 

 豪炎寺は、彼の小さな妹にそうするよう、静かに諭し続ける。
 大きな掌に包まれた両手の震えが、クッキーの重みと温かさで治まって行く。

「…冷えてなくて悪いが、落ち着いたらコレでも飲んで、その情けない顔なんとかしてから教室に戻って来い」
「?」

 学ランのポケットから、夏未の好きな銘柄のミルクティーのペットボトルを取り出した豪炎寺は、握り締めたままの両手にそれを添える。

「お前はいつもみたいに…偉そうに、思うままにしてる方が似合ってるよ」
「なっ…!」

 失礼ねと、言いかけた時にはもう彼は一歩下がってその身を翻していた。
 唖然とするブレザーのポケットでは、計ったようなタイミングでケータイがメールの受信を告げていて…
 塞がった両手であたふたしているところを厭味なく笑い、豪炎寺は理事長室を後にする。
 秋といい、豪炎寺といい………

(みんな…甘いわ………)

 キレイに模様を織り込まれたクッキーと、冷たすぎないミルクティー。
 二人から手渡された甘さが、びっくりするくらい身体と心に沁み込んで行くのが分かる。

『考えるにしても泣くにしても…怒るにしても。糖分は必要よ!』
『せっかくだから、一度くらいは盛大に我が侭を言ってヤツを困らせてやったらどうだ?』

 昼休みの終了を告げるチャイムを聞きながら、クッキーと一緒に入っていた秋からの小さな手紙と、鬼道らしいシンプルなメールに思わず笑った。

 いってらっしゃいと笑顔で言えたなら。
 彼はいつもの、眩しい笑顔で応えてくれるだろうか。














*     *     *







「…で? お前は結局何も言えないまま今日も『良い人』止まりだったワケか」
「………うるさいな」

 理事長室を出て、廊下の角を曲がったところでケータイが着信を告げる。
 本当にこの男は雷門に監視カメラでも仕掛けているのではないかと、疑いたくなる瞬間だ。

「円堂が居なくなって寂しいのは分かるが…友情と恋愛は並び立たないものだぞ?」
「お前が言うな」
「…少なくともお前にそう言われる筋合いは無いと思うんだが………」
「そのセリフはまともに初恋の一つもしてから言ってくれ。天才ゲームメーカーくん」
「…さすが。エースストライカー様の発言は重みが違うな」

 廊下に広がる乾いた笑いにこだまするよう、予鈴のチャイムが鳴り響き…

 終話の間際。
 それでも礼を述べることを忘れない豪炎寺の律儀さに、電話口で鬼道は苦笑した。
 











<end>

作品名:不器用な僕らは。 作家名:抹茶まつ