happy day
「沖縄の太陽ってホントあっついなー…」
「…お前さっきからそればっかりだぜ(笑)」
「だってー……あ。パパからメールだ」
「なんとか会談・だっけか?しっかし大変だよな〜総理大臣って」
父である総理の警護で沖縄を訪れた塔子だが『せっかく久しぶりに沖縄へ来たのだから、友達と海にでも行って来たらどうだ?』と半ば強引に車に乗せられてしまい、ここに至る。
会談へ向かう父に逆に笑顔で送り出されてしまい、唖然としているうちに車は見知った浜辺へと到着していた。
「メール、何だって?」
「あぁ。今会談が終わって、ちょっと記者会見してから帰るって。帰り際、公園横のコンビニで拾うからそこまでゆっくり歩いておいで・だってさ」
「おー…んじゃオレもアイスでも買いに行くかなぁ」
あまりの暑さに脱いでいた真っ黒なジャケットにケータイを仕舞い、塔子は綱海と一緒に浜辺を後にした。
『 happy day 』
「お前…それ………!!!」
「ん?どうした?」
痛いほどの太陽から逃れ、コンビニへたどり着いた二人はとりあえずアイスのコーナーへ移動する。
そうして何の躊躇もなく塔子が手にしたそれを見た綱海は愕然とするのだ。
「お前………そんな高ェの買うのかっ!?」
「…は?」
塔子が手にしていたのは、NEWと書かれたポップも眩しい「ハーゲンダッツ・ラズベリーチーズ味」だ。
綱海にとってハーゲンダッツなんて、店の中で眺めるものであって手に取るものでは無い。…断じて。
「ってか、綱海が持ってるソレ何だ?お菓子じゃなくて、それもアイスなのか?」
「はぁ!!!?」
塔子がキョトンと見つめる先。
綱海の手には、スタンダードなコーヒー味のパピコが握られていた。
定番中の定番だ。
まさかパピコを知らない中学生が居ようとは…。
宇宙人(正確には宇宙人では無かったが)とサッカーで闘うヤツらが居る・と聞いたときよりも驚いた綱海は、危うくパピコを取り落としそうになる。
「オイオイオイオイ…まさかお前、パピコ食ったことねーのかよ?」
「え…?それ、沖縄だけにある限定品とかじゃないのか?」
「ちげーよ!コレはなぁ………っ!!」
「???」
相変わらず頭の周りにハテナマークが飛んでいる塔子に対してとても良いことを思いついてしまい…
思わず小暮の笑い方が出そうになった綱海はクルっと回転し、塔子に背を向けて深呼吸をする。
キョトンとした顔を見ているのも楽しいが…成功すればもっと楽しい表情を見られる筈だ。
「いいか?これは『パピコ』って言ってな、絶対に一人で食べちゃいけないアイスなんだ」
「…へ?一人で食べちゃいけないアイス???」
「そうだ。別名・ハッピーパピコと言ってだな…必ず誰かと一緒に半分こして食べるように出来ててよ。これを一人で食べると、その先一生、パピコを食べる時は一人きりになってしまうという……恐ろしいアイスなんだ」
「………いや、恐ろしいって。…んじゃなんで『ハッピー』とか言われてるんだよ」
「だーかーらー!話は最後まで聞けって!…これを半分こして食べるとな、食べた人間同士で幸せ…要はハッピーが共感……じゃなくて、きょうよう………じゃないなぁ…えーと………」
「…共有?」
「そう!それだ!えー…、二人で共有出来るって、言われてるんだぜ!」
「………ホントか?そんなの聞いたことないぞ。…沖縄だけで言われてるんじゃないのか?」
「バッ…お前、学校帰りにコンビニとか行ったこと無いだろ?だから聞いたこと無ェんだよ」
「そういえば………そうだなぁ…」
今は周りにツッコミ役も居ないし、塔子は完全に信じはじめているようだ。
ドンマイ!もうちょい!あと少し!!!
普段、自分に対しては小憎らしいほど余裕で自信に溢れている塔子が、初めて見せる表情がとても新鮮で。
綱海もまた、初めて感じる種類のハイテンションを味わっていた。
「せっかくだから、そんなお前の初パピコに付き合ってやるぜ!」
「え…?あ、あぁ………」
塔子の持っていたハーゲンダッツ様を半ば強引に棚へと戻し、パピコ1つを右手に持って、左手で塔子の手を引いた綱海は意気揚々とレジへ向かった。
「っじゃーーーん!」
コンビニの壁沿い。
車からも見つけやすく、尚且つ日陰で風通しも良い場所へ移動して、本題に取り掛かる。
取り出したパピコは店内との気温差に既にうっすらと汗をかいていた。
「これをこうして……ホラ、そっち側を持てよ」
「え…こ、、、こう、か?」
真ん中で連結された二つの容器を、それぞれで手に持ち、『せーの』の掛け声で同時にひっぱる。
プチン・と小さな音を立てて分かれたそれをマジマジと見つめる塔子が面白くて、コイツの知らないことをもっと沢山教えて、見せて…そんな場面をずっと見ていたいなと、綱海は思った。
(あー…多分コイツ、この分だとガリガリくんとかうまい棒とかよっちゃんいかとか…そういうのも知らなそうだよな)
開け方が分からないらしく綱海とパピコを交互に見やる塔子を見ながら、同じ学校で無いことを、かなり本気で悔しいと思ってしまう。
「よし!これは、この上の部分を引っ張って…そうだ。そしたら、あとは手で押しながら口ん中に入れればカンペキよ!」
「…おぉ〜!!!なんだコレ…!」
「な?すっげー幸せになんだろ?」
「あぁ!シャリシャリしてて…気持ちいーな!」
「いいね〜。うん。パピコ半分こか…青春だね〜」
「青春ってお前オヤジくさいこと言うな…………って、んん???」
「…パパぁ!?」
『やぁ♪』なんて爽やかに片手を挙げながら、二人の背後にはこの国の総理大臣が立っていた。
「いや〜…私もよく、こんな暑い日にはお前のママと二人でそのアイスを食べたものだよ。まだ売ってたんだなぁ…」
「パパも?…やっぱり、さっき綱海が言ってたのって本当だったんだ………」
「あ、あぁ!当然だろ?オレがお前に嘘言ったことなんて無いんだからな!アハハハハ!」
「いいなぁ…私も買って来ようかなぁ…」
「え?…って、パパ!一人で食べちゃダメだよ!今度あたしが一緒に食べてあげるから…だから今日は違うアイスにして!」
「???」
「…総理。この後、夕食会にもお呼ばれしているのですからアイスは控えられた方が宜しいかと…」
「うーん、そうだった…。じゃ、娘に幸せのひと口を分けて貰おうかな」
何となく。
なんとなーく、総理の瞳がキラリと光ったような気配を背後のSPは感じたが…
相変わらず仲の良い父娘に半ば感心している綱海には、その剣呑な光は全く届かなかったようだ。
(…総理………)
沖縄訪問の予定が立った時から、娘を連れていくべきかそれとも沖縄には近づけさせないべきかと散々悩んでいた姿を思い出し、サングラスの奥で遠い目をしてしまう。
可愛い娘の喜ぶ顔は見たいが、それを手放しで歓迎することも出来ない複雑な親心にうっかり涙するところだったSPは上を向いて涙をやり過ごし、思わず、綱海の肩に手を置いた。
「…少年……がんばれよ…」
「ん???」
あの人は結構コドモっぽいこと平気でするぞと。