瞳に未来を
空いていた左手が、豪炎寺の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「先生はいつでも、お前の幸せを願っているよ」
だから、安心してその道を進んで行けば良いのだと。
髪を乱す左手で豪炎寺の身体を引き寄せる。
フワリと香る懐かしい匂いは、あの頃と少しも変わらないままだった。
大切だと感じた分だけ切なさが重く圧し掛かるというのなら…
その痛みすら愛おしいと、思える日が来るのだろうか。
(また、こんな風に笑える日が………)
* * *
「本当にここまでで良いのか?」
「はい。少し…頭を整理したいので」
「…そうか」
「送っていただいて、ありがとうございました」
河原のグラウンド脇で車を降りた豪炎寺は、運転席側へと回り込む。
合宿所まで送ると提案したのだが、『もう少し自分と向き合う時間が欲しいから』と、河原までの道を告げられていたのだ。
窓から身を乗り出した二階堂へ向かい、律儀な彼らしく深々と頭を下げる。
「…豪炎寺」
微かに。
あの強い光が灯り始めた瞳を見遣り、二階堂は再び伸ばしかけた手を思いとどまらせた。
木戸川のグラウンドに、途方にくれた幼子のような顔で佇んでいた彼はもう居ない。
本当は、自分が踏み込んではいけなかったのかもしれないが…
けれど迷子のようなあの顔を見たら、手を差し伸べずには居られなかった。
かつての教え子が、無意識にでも自分を頼ってくれたのだ。
(何も無かったふりをして送り返すなんて…出来るわけが無い)
唇を引き結んで佇む姿は、かつて転校の報告へやってきたそれと重なるけれど。
「ありがとうございました」
「今度は皆と遊びに来なさい」
「………はい」
「豪炎寺。先生は木戸川で、お前を…信じているから」
「…………っ……ありがとう…ございました」
今すぐにでも攫って行きたい衝動を、伸ばしかけた手と一緒に胸の奥底へ閉じ込める。
弱々しく揺れても尚、彼は自力で道を選び、立つことを望むのだろう。
自分はただその選択を信じ、支えるだけだ。
「気をつけて…行っておいで」
お前が選んだ道ならばきっと大丈夫だから。
<end>