哀悼
──パアーン……
一発の銃声が、事の始まりを告げる。
私も彼も、全く気に留めること無くただ廊下を歩いていく。
その後は早かった。
何発もの銃声が、重なりあって聞こえてくる。
不意に顔をしかめた私に、彼は嘲るように言った。
「嫌になったか?」
「まさか。しかしもう少し、大人しくすべきではありませんか?これではI世が戻った時に目立ちす……何か?」
ぴたりとその場で止まった彼は、特に何を言うでもなかった。
数秒後、何も無かったかの様に歩き出す。
「てめえは」
続きなど来ないだろうと思っていたが、彼は歩きながら口を開いた。
切り返す必要性が無い為、次の言葉を待つ。
「てめえは、この組織を強くしたいと言ったな」
「何を今更」
階段。階を上がるらしい。
下の銃声には加わらないと?
放って置くと言うのだろうか。
「んー……上で、高みの見物ですか」
「炎の痕跡が残る、俺はなにもしない。てめえは奴の部屋にでもいるんだな」
ここで言う奴とは、考えずともI世の事だろう。
何故?
2,3段遅れて、階段に足を掛ける。
「理解できない。彼を落とさずとも、組織内で内乱が起きれば十ぶ……っ、!」
油断していたわけではない、反応できなかった。
背中と肩に鈍い痛みが走って、壁に押し付けられたのだと気づく。
改めて、彼の強さを垣間見た。
しかし気になったのは、今の彼には全くと言って良いほど『怒り』と称する感情が無い。
何か他の感情がある……それしか分からなかった。
私がすっと息を吸うと彼が口を開いて一言、こう言った。
「何で奴を保守する」
保守?
今から敵対しようと言うのに何処が……。
片手を後ろ手に付いて、もう一方で彼の片腕を退けようとした。
「意味が分かりません。退いて下さい」
「……」
ぶつかった視線はそれを反らすことを許さない程鋭く、掛けられている力は自分では反せないもの。
「……一体何が不満なのです」
「二度目だ。お前は無意識に奴を助けている、そんなに奴が恋しいか」
恋、しい……?
何の……いや、どう言う意味だ?
「てめえはあいつを助けたいと思ってる、無意識の内に。俺の下に就くなら、そんな甘い考えは捨てろ。追い出すんじゃねえ、引き摺り下ろすんだ」
「何先程から不可解なことを……いい加減退……!」
私がまだ言い終わらぬ内に、彼は「五月蝿え……」と呟いて、互いの言葉が止まった。
視界は焦点が合わず、唇に何かが触れたことを感じてから刹那、呼吸までもが奪われるようだった。
いつの間にか、片手で顎を固定されている。
ふと我に還って、されるがままだったことに気づく。
何をやっているのだこの男は……!
余計な考えかもしれない、先ず逃れることを考えるべきだった。
それなのにその様な考えがちらついた所為か、急に息が苦しくなる。
彼の肩を掴んで押し返そうとしても、一段上にいる彼と術士である私との力の差を読み取るのは、想像に難くない。
「んっ……、は…っ」
「……」
幸い、長くは続かなかった。
彼が離れて、反射的に吸い込んだ外気に、複数の器官が反応する。
壁に付いた手を支えにして軽くむせている私を見下ろし、彼は付け加えた。
「もし出来ねえとほざくなら、方法は幾らでもある。さっさと自分の立場を認識するんだな」
「……っ」
私がI世……いや、ジョットを?
……馬鹿馬鹿しい。
空気は血の臭いを纏い、雨は次第に強くなっていた。