四月になれば彼女は
そんな経緯で、見事Jr.の飼い猫という地位を得たニグレドは思いのほかJr.に懐いた。
猫は本来人ではなく家につくものだと言うが、ペット用に作られた彼女は人に懐くように設定されているのかもしれない。あるいは刷り込みだろうか。
ともかく、親猫を慕う熱心さで、ニグレドはJr.の後を追う。
Jr.の方も自分に懐くレプリカの猫を可愛がった。
飽きっぽい性質の彼の事、紛い物のペットなどすぐに興味を失い、他に目移りするだろうと踏んでいたガイナンの予測は外れた。
「こっち来いよ、ニグレド!」
今日も今日とて、Jr.は明るい声を黒猫に向ける。呼ばれたニグレドは、足取りも軽やかに赤毛の少年を追った。
ファウンデーションの本社の硬質の廊下を走り去る姿を見送りながら、ガイナンはまるで仲の良い二匹の小さな獣のようだと思った。
都会に迷い込んだ、獣の仔。
しかし一人と一匹の姿は、もはやクーカイ・ファウンデーションの日常の一角として風景に溶け込んでいた。擦れ違う職員達も、慣れた様子で彼らを見送る。
それほど彼らは四六時中一緒にいるのだ。
「ちび様、あの猫にべったりやなあ。デュランダルのメインブリッジにまで連れてきはるんですよ、あの子を」
走り去る背中に足を止めたガイナンにつられて立ち止まった、金髪の秘書が憤慨したようにそう言った。もっともその口元には笑みが浮かんでいたので形ばかりの憤りのようだ。
ブリッジはペット立ち入り禁止だと、一応言ってみたメリィをJr.は一笑したらしい。曰く、「動物がうろちょろしたくらいでどうこうなるようなシステムじゃねえんだから、硬いこと言うなよ」。
実際動物一匹でシステムダウンするような船では洒落にならないが、そういう問題ではなく常識の問題なのだ。しかしJr.に常識を説くのも馬鹿らしい、とメリィは早々に説得を諦めた。
「ちび様に常識諭すより、赤ん坊にA.W.G.Sの操縦教える方が断然楽ですよって」
「それに、何だか昔のちび様を見ているようで邪魔をするのも気が引けますしね」
反対側で、同じように足を止めた紫の髪の秘書が微笑む。即座に彼女の妹も同意した。
「せやな。昔はちび様が好き勝手走り回っとって、その後ろを黒いのがちょこまか追いかけとったもんなあ」
メリィは人の悪い笑みを浮かべて、ガイナンを見上げた。
自分の事まで揶揄されているのだと気付いて、ガイナンは憮然と姉妹を見遣った。
しかし秘書達は悪びれる様子もなく微笑みあう。
「ちび様が、早く来いよニグレド!言うたら、ガイナン様が、待ってよルベド!って追っかけてな」
「本当に昔から仲がよろしいですわよね、お二人とも」
さすがにガイナンが抗議の言葉を口にしようとするより僅かに早く。
「早く来いよ、ニグレド!」
廊下の先から少年の声が届いて、ガイナンはますます憮然となった。
絶妙のタイミングだ。
堪える間もなく吹き出す姉妹に眉をひそめながら、ガイナンは溜息をついた。
こうなると、いっそ自分でも幼い自分の声の幻聴が聞こえてきそうだった。
何となく腹立たしいような、疲れたような気分で、ガイナンは少年に応える猫の鳴き声を聞いた。
――待ってよ、ルベド。
あの黒猫もそう鳴いて、少年を追っているのだろうか。