二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

present for you

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 


 っんポーン。
 はじめの音だけ詰まったような玄関チャイムが鳴り響いて、佐久間は頭からヘッドフォンを外した。そろそろかと思っていたので、携帯音楽プレイヤーの音量はもう30分前から小さくしてあった。質の良いヘッドフォンは外の音を殆ど伝えず、耳栓代わりに使うことすらできる代物だ。佐久間の元には新品同様のお下がりとしてやってきた。ディスプレイ上に広げていた実験レポートにctrl+sを実行してキーボードの左上、月のマークのボタンを押す。スリープモード処理に入ったパソコンがウィインと音を上げるのが聞こえた。
「はーい、どちらさま?」
 イスの座面をぐるりと回しつつ勢いでタンとフローリングに足を着ける。アパートの部屋の中から叫んで応対するのは一種の癖だ。相手が知り合いなら、例えば友人の小磯あたりなら、「僕。もう、ちゃんとインターホン出なよ。僕のフリした強盗がきたらどうするのさ」などと外から聞こえてくるのでセールスと見分けがつく。便利だから良いじゃん、と佐久間は思っている。それに。
(彼なら彼で、すぐ合い鍵で開けて入ってくるし)
 一応の挨拶代わりにインターホンを押したあと、何の躊躇いもなく玄関扉を開錠する恋人のことだ。もう数十秒後には玄関に立って、上がって良いか尋ねるはずだ。彼は勝手に入ってきても、部屋にまで上がりはしない。お邪魔します、が唱えられるのはいつも自室と廊下を仕切るドアの前だ。プライバシーに対する認識がゆるいのか厳しいのか分からないと思ったこともあったが、「だって早く佐久間さんのいる空間に入りたいから」といわれて妙に納得したのだった。
 今日は部屋も片づけたし、手の放せない作業もしていないし、だから情けなくも靴を履かせたままで彼を待たせる必要だって無い。どうせなら玄関で出迎えようと、クーラーの効いた室内から扉で仕切られただけの廊下に足を踏み入れた。ついこの間まで我慢していた冷房にも慣れるのはあっという間だ。ぬるい空気に満遍なくダメージを受けた体に我ながら苦笑してしまう。高校時代、数台のパソコンで熱の増幅されたあの部室の夏の盛りを、扇風機と飲み物だけで切り抜けた体はどこへいったのだろう。
「……え? 本当にどちらさま?」
 などと、我が身の怠惰を嘆きながら廊下を数歩進んだところで、おかしいと思った。
 一向に誰も入ってこない。
 これはまさか、こちらが勝手に勘違いしただけで、単純にセールスか何かの類だろうか。
 そう思うとなんだかどっと気概が削がれた。さっさと対応して、お断りして、またレポートの続きでもしながら待っていよう。
「あーっと……どうしよ」
 大声で返事をした後なので、居留守は使えない。既に玄関扉の前に立つ佐久間の頭の中で、このまま直接応対するのと、戻ってインターホンでお引き取り願うの、どちらが面倒ではないだろうかというどうでもいい比較がなされる。結局、じわり汗の滲みはじめた体が、もう一度部屋に戻る為に歩くのが面倒だ、と主張してだらけた結論に至った。
 片付けられ、綺麗に揃った靴の並びを崩して、その内の一足に裸足を突っ込む。とん、と一歩コンクリートを踏んで、さて何系のセールスだろうかと覗き穴に目を合わせた。
 魚眼レンズで撮ったような視界の中で、暗い玄関と対照的に目を射るような丸い青空を背景に立つ、扉の前の人物の顔は見えなかった。そこにいたのはダンボールの箱を顔の前で抱えた人物だった。が、それはどう見ても。
「かっ佳主馬くん!?」
 箱を抱える腕の健康的に浅黒いところも、いつも持ち歩いているノートパソコンの入るお気に入りの肩掛け鞄も、裾を絞ったコットンパンツから伸びる細身だけれど筋肉が詰まっていると一目見て判る脚も、何より中の声に反応したのか、ひょこりと箱の横に現れた顔が、佐久間の待ち人その人だった。彼の仕事の関係者には専ら、ポーカーフェイスチャンピオンと囁かれる、笑顔の想像しにくい顔立ちの少年が立っていた。
 慌てて鍵を回し、ドアを開く。外開きのそれをすっと避けた佳主馬は、こちらを見て「こんにちは、佐久間さん」と普段通りに口を開いた。
「いらっしゃい、佳主馬くん。って、何それ?」
「うん、ちょっと」
 後でね、との答えのあと、さっきの佐久間さんなんだか驚いてたよね?と逆に質問された。
「え……うん。なんか、いろいろ。来たのがキングじゃないかもって勝手に勘違いして、勝手に凹んでただけ」
「佐久間さんのそういう面白いところ、好きだけど。僕のことで一喜一憂してくれてるみたいで」
「みたい、じゃなくて、正にそうだったんだよー」
 わたわたしているところを面白がられるとは、年上なのになんと格好が付かないことだろう。(いや、年上なんて話を抜きにしてもカッコいいのは断然佳主馬くんの方だけど。)玄関に出た時の自分はさぞかし間抜けな顔だっただろうな、と思うと溜息の一つもつきたくなった。
 お邪魔します、を珍しく玄関で呟いた佳主馬が、器用に足だけで靴を脱いで廊下に上がる。両手の塞がった彼の後から扉を閉め、後ろ手に鍵を掛ける。短いトンネルみたいな暗い廊下の真ん中で、佳主馬の背中が逆光の中にあった。原色の布地に、大胆にインクを零したようなバックプリントは少々の薄暗さの中でも目の覚めるような色合いだ。ほんと、佳主馬くんに色物は似合うなあ、なんて情けなさから逃げるように考えていると、くるり、腕に持った箱の重さなど感じさせない軽やかさで突然その原色たちは向こうへ隠れてしまう。替わりにこちらを向いた彼と箱越しに視線が合った。
「家主さんがお先に―――」
「はぇっ、あ、うん」
(あー、今すっごい情けない顔してた)
 急いで表情を繕う佐久間を見て、佳主馬がとうとう堪えきれなくなったようにくすりと笑った。
「えへへ、ごめんなさい。ちょっと狙ってた。返事しなかったのも、顔が隠れるようにしたのも、わざと」
「……この策士!」
 好かれていると思うからこそ効果のあるいたずらは、やっぱり好きだからという理由で咎めることが出来ない。こうしてランダムに発揮される佳主馬のいたずらには、寡黙で人に懐かない彼の性質上、出くわすこと自体が希だった。それを知っている佐久間は、詰るよりも小さな喜びが先立って、策士と叫んだくちびるは間髪入れずに彼と同じ笑みを作った。

作品名:present for you 作家名:矢坂*