present for you
「はいどーぞ」
「ありがと」
アイスティーにこれでもかと氷を入れて差し出す。勝手知ったる他人の家で、何も言わずに折り畳み机を取り出してセットしていた佳主馬は、礼を言って受け取った。外からやってきた佳主馬の首筋にはうっすら汗が浮かんでいるが、運動の足りない自分と違って、暑い中を歩いてきたのに顔色一つ変えていない。
部屋に案内したとき、佳主馬に、ちょっと温度下げ過ぎじゃない?と言われてしまった。足を踏み入れた瞬間、全く同じことを思った佐久間は、再び鈍った体を憂いつつ、じゃ、夏を満喫しますか、とクーラーを切った。稼働音の止んだ部屋は思う以上に静かで、却って外の音の方が身近に感じるくらいだった。蝉がみんみんと元気よく鳴き、飛行機がそこらじゅうの空気を揺らしながらゆったりと飛び去る。なんだか懐かしい。これでこそ夏だ。(でもあと一時間経ったあとも懐かしいなんて言っていられる自信はない。)
からぁん、と氷を揺らしてコップを傾けた佳主馬が、一口飲んで尋ねる。
「あれ? リプトン買うのやめたの?」
「葉っぱの方が安いから変えてみたんだ。ちょっと良いの買ってもお釣りがくるし」
「そう。……おいしいね。佐久間さん、お茶淹れるのも巧いんだ」
「んー、慣れてるからかな。でも佳主馬くんにそう言ってもらえて何よりだ」
「佐久間さんの飲み物代って馬鹿にならないもんね」
「はは、自覚はあるよ……」
コンビニに行けば何かとペットボトルだの500ml紙パックだのを買ってしまうので、佐久間の部屋の冷蔵庫の中はいつもなんだか佳主馬のTシャツ並にカラフルだった。佐久間としては、別に飲めれば何でも良いのではなくて、ストレートティーならこれ、ブラックコーヒーならこれ、イチゴミルクならこれ、スポーツ飲料ならあれで、オレンジジュースなら―――これは飲み道楽とでもいうのだろうか?
茶葉の方が安いからというのは強ち間違いでもないが、建前の意味合いの方が強い。冷蔵庫を開ける度に、佳主馬に「……わぁ」という呆れた顔をされるのが情けなくて、すこし縛りを掛けてみたというのが本音だ。
「あ、ヘッドフォン、使ってくれてるんだ。どう?」
「ん? ああ、良いよねそれ。っていうか俺がもらっちゃってよかったの?」
「いいよ。言ったと思うけど、貰いもの、……っていうかスポンサーからの試作品みたいなものだったし。イヤフォンタイプの方が外では使いやすいから」
電子機器に対して拘りがあるのは自分や佳主馬のような人間の性癖みたいなものだと思う。佳主馬の、場所に応じた使い分けで余ってしまったヘッドフォンはそのまま佐久間に巡ってきた。パソコン机に置かれたヘッドフォンは、そろそろ完成品が市場に出回る頃だろうか。他にも幾つか、佐久間の部屋には佳主馬譲りの製品があった。
「なーんか、もらってばっかりなんだよねぇ」
何があったっけ、と床から部屋を見渡すと、否応なしに佳主馬の隣のあのダンボールが目に入る。
(後で、って言われたけど、なんだろ)
気付かず、じっと見つめてしまっていたらしい。佳主馬が佐久間の固まった視線を追って、ああ、とひとりごちた。
「それ、気になる?」
「うん。もしかしてまた、佳主馬くんには合わなくて俺に、とかそういうの?」
「ううん、今度は違うよ」
「?」
そーだね、と佳主馬が宙を見て、考えるような間が二、三秒。
「佐久間さん、目、閉じててね」
「は!? キング何をお考えで―――」
「誓って変なことじゃありません」
きっぱりと言い渡されて、佐久間は腑に落ちないままきゅっと目を閉じた。
びっ、と何かがはがれる音が聞こえる。佳主馬が先のダンボール箱からテープをはがす音だろう。
「っていうか僕、佐久間さんの中でどんな性格だと思われてるの?」
喋りながら佳主馬の声が少し動く。立ち上がったようだ。
「どうって、だってあんなこと言われたら」
「キスの、ひとつやふたつ?」
「う……」
言い当てられ、たじろぐ佐久間の耳に、ふ、と吐息に乗せた小さな笑いが落ちてきた。
何かと突っ込みたいところは多いのだが、それとは別に佐久間は、今きっと佳主馬が浮かべているであろう微笑を目の当たりに出来ないのが何より残念だった。油断したように零されるそれの、破壊力といったら、もう。太陽の光が透けて真っ赤に渦巻いた瞼の内側を眺めながら佐久間は考える。あの息の抜けた感じ。不敵な癖に、こちらの心臓を溶かすんじゃないかと思うくらい甘く細められたあの目。あああ、見たい。傍にいるのに見られないなんて!
「べつに、したっていいんだけど」
「……っ、もう!目、開けちゃうよ?」
作品名:present for you 作家名:矢坂*