present for you
「だめ。……よし、じゃ、あんまりびっくりしないでね」
「何―――?」
がさがさ、という音が頭上でした。
(上?)
怪訝そうに額を後ろへ傾けた佐久間の頭に、ざざ、と何かが降り注ぐ。
「えっ? ちょっ、わあ!」
何が起こったのかと慌てて開いた目の前を、ばらばらと、大量のメガネが通り過ぎた。
「な、これなに、佳主馬くん……?」
自分の上で箱を逆さにしていた佳主馬を、訳も分からず見上げる。
「何って、めがね」
「いや見りゃわかるけど!」
「佐久間さんに、プレゼント」
「あ、ありがとう、なんだけど、量が尋常じゃないよキング……?」
「うん」
(うん、じゃなくて!)
かつん、と膝の上にあったひとつに後から落ちた別のメガネがぶつかって硬質な音を立てた。佐久間の周りの床にも膝の上にもデザインや色味の異なるメガネが小さく山を作っている。間違いなく、今立ち上がったら、踏んでしまう数は一つや二つでは済まないだろう。
佐久間に大量のメガネを降り注がせた佳主馬は、どこか満足気な様子で上からこちらを見て、
「あ、カメラ忘れた」
「俺を撮るつもりだったの!?」
「他に何を撮るの。めがねまみれの佐久間さんなんてそうそう見られない」
ポケットから携帯を取り出し、佐久間が止める間もなくカメラ機能が“Say cheese!”を唱えた。何事もなかったかのようにまたポケットに携帯を仕舞う佳主馬を前にして、メガネに埋もれた佐久間は言葉もなかった。
「……」
「びっくり、した?」
「佳主馬くんがドッキリ目的でしたなら、大成功だよ……」
「ごめんね。呆れないで」
ちゅ、とあやすように髪にキスを落とされる。一連の出来事で2、3は上昇したような気がする気温にプラスして、また一度体温も上がった気がした。真顔でこういうことをやってのけるのだからたちが悪い。軽い子では断じてないのだけれど、こうやって仕掛けられる仕草の一つ一つが心得すぎていて、惚れた弱みも相まって、結局何も言えなくなってしまう。悪意があってされたことではないと判っているので、キスがもうひとつ額に落とされたときには、まあ、いいや、と許してしまっている自分の甘さを頭の端で苦く笑いつつ、佐久間は佳主馬に問いかけた。
「それで、どうしてメガネ?」
「佐久間さんにはやっぱりこれかなって」
「……佳主馬くんって、俺のことなんだと思ってんの……?」
「……めがね?」
「いや、聞かれても」
「嘘。敬さんは敬さん」
さっき、目を閉じていて見ることの叶わなかった微笑をふわりと浮かべる年下の恋人がかわいくてかわいくて、少し悔しい。こういうところで図ったように名前で呼ばれるのが、どれだけ嬉しいか、彼は判ってやっているのではなかろうか。
「さっきも言ったけど、プレゼント。いつも一緒にいることは、僕には無理だから、代わりに佐久間さんと一緒にいられるものを贈りたかったの」
「確かに、メガネなら俺が起きてるときはほとんど一緒だ」
「あ、それ全部度は入ってないよ。フレームにプラスチックが嵌ってるだけのサンプル。好きなの選んでもらおうと思って」
「それだけのために?」
俺なんかが選ぶ為だけにこんなに大量のサンプルを用意してくれたの、というつもりで思わず尋ねたが、佳主馬は佐久間の言葉を少し曲げて解釈したらしい。薄ピンク色の爪に摘んでいた黒フレームをぽとりと落として、伏し目がちに佐久間の方を窺い見てきた。
「敬さんをめがねまみれにしちゃだめ? かわいいだろうって思ってたし、本当にやってみてもかわいかったんだよ」
池沢佳主馬がポーカーフェイスだと言ったのは一体どこの誰だ!
笑顔から一転、しおらしい佳主馬をみながら佐久間は叫びたい気分だった。
「ダメとかそんなんじゃなくって、……あーもうっ」
(かわいいのはキングのほう!)
抱きしめたいのを我慢して(間にあるメガネの山が愛しくも憎い)、佳主馬が落としたメガネを拾い上げると、佐久間はつるを起こして佳主馬に掛けた。元が良いだけあって、なかなか似合う。
「ありがとう、佳主馬くん。責めてるんじゃなくて、嬉しかっただけ。―――ね、一緒に選ぼう。こんなにあるんだ、ついでに佳主馬くんの分も選んじゃおう」
「僕、めがね掛けないよ?」
「いいの、おしゃれメガネってやつ?」
「佐久間さんが似合いそうだって思うやつなら」
「俺なんかで良いのー? センスとか趣味とか、キングの方が磨かれてるって思うけど」
「敬さんだから、いいの」
「……またそーゆーこと言う」
じわ、じわ、と熱が体を蝕んでいた。
高校時代と決定的に違うことがひとつある、と佐久間は思った。体力の落ちた理系青年の運動不足な体でも、かつての部室と違って日当たりのよい自分の部屋でもなく、ただ、一緒にいるだけで体温を上げる相手の存在だ。そのせいでこうも暑いのでしょう?
上昇する体温に耐えきれなくなった佐久間は、机の端にあるクーラーのリモコンに手を伸ばす。あと少しのところで届かず宙を掻いた佐久間の手を見て、佳主馬はふふ、と笑うと、
「今日、とっても暑いよね」
咎めることなくそう言って、代わりにリモコンのボタンを押した。
作品名:present for you 作家名:矢坂*