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ハッピーアーリーサマーファザーズデイウェディング

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「父さん、今までありがとう」
 は、と間抜けに口を開いてしまう。何だ、何事だ、ありがとう、とは。常日頃
からふとした瞬間に用いる一言だというのにどうして今はこうも胸騒ぎがするの
か。尊ぶべき礼節の内のひとつとして息子が幼い頃から幾度も言い聞かせてきた
事じゃあないか。
「大切な人が、できた」
 は、と今度は息を呑む。何だ何だ何事だ、何だ、何なんだ、これは、ああ息子
よ、ネロよ、お前は今どの様な意図でもってこの二言を紡いだのだ、俺に告げた
のだ、ほのかに頬など赤くしてしまって、ああ、もう、俺は口を動かせないでい
る、今すぐ即刻問いたいのに。
「俺、真剣だから」
 頼むからどうか、どうか教えてくれ。今まで、とは何だ、大切な、とはどうい
う意味だ、真剣だって、何にだ。
「ダンテのこと」
 は。息子に向き合う俺の身体はこれを可笑しな話だとでも思ったのだろうか、
乾ききった哂(わら)いを漏らした。泣きたい。








 朝食の席での事だった。あまりに突然過ぎたためだろう、俺は至極穏やかだっ
た、表面上は。だからフレンチトーストを一口大に切るナイフも、一口大と化し
たそれを口中へ運ばんとするフォークも取り落とす事無くいつも通りの朝食の時
間を過ごせたのだ。あくまで、表面上は。
 さて内面は。腸が煮えくり返り魂は死ねと叫びついつい力が暴走しそうだった
。死ね。思うは奴の死のみ、可及的速やかに死ね、ダンテ。今回ばかりは俺は本
気だ、恐らくテメンニグル騒動以来の本気だ、本気で奴に死をもたらしたい。
「死ね」
「目が据わってるぜバージル」
 どうしたんだおにーちゃんだのまあ落ち着けだのと喧しい死ね。本来ならばこ
こは貴様が入る事など許されていない領域だというのに俺が許したのはネロが、
我が息子がダンテと言う男を紹介したいと言ったからだ。だからこんなにも麗ら
かな昼下がりに貴様を我が家に招き入れあろうことか茶まで出そうとしているの
だ。くれぐれもそれを忘れるな。
「なんでそんな睨んでくるんだ、何かあるなら言えよ」
「……ふん」
 言ってやりたい事はかつての塔の如く高々と積める程度にはある。が、今それ
を口にするのは時期尚早。ネロの言っていたありがとうやら、大切な何やらと愚
弟が必ずしも結び付く訳ではない。そう思う。……そう、思いたい。奴がクロ、
いわゆる”何か後ろめたい事をしでかした”輩であるという確実な証拠を得てか
らだ、ダイニングテーブルに立てかけた閻魔刀を抜くのは。まずはネロの話を聞
くべきなのだ。急いては事を、なんとやら。
 よってこの場では奴に眼をくれてやることしかできない。テーブルに肘をつく
。両手を組み合わせる。その上に顎をのせる。さあどうだ、ダンテ、貴様が一生
持ち得ないであろう父親の威厳というやつは。
「コーヒー淹れてきた」
 そうこうしているうち、ネロがダイニングへ入ってくる。愚弟を我が家へ連れ
て来るなり俺を席へ落ち着かせ、コーヒーを淹れると言ってそれきりキッチンへ
行ってしまっていたのだ。あいつに与えるものなど何一つとして有りはしない、
構うな、とは言ったものの、客人はもてなすものだと教えてくれたのは父さんじ
ゃあないか、とネロは聞かなかった。
 息子は善く育ち過ぎた。
「父さんはブラック」
「ああ。ありがとう」
「おっさんはミルクとシュガー」
「それもたっぷり、な」
「わかってる。たぶん丁度いいと思う」
 渡されるコーヒー入りのマグカップ。”わかってる”。匙加減を完全に理解出
来てしまう位にネロはコーヒーを淹れているという事なのだろうか。ダンテのた
めのコーヒーを。
「申し分ない」
 ダンテは一口啜って笑む、隣に座るネロに。俺は二人と向かい合う様に座って
いるため、必然的に両者の遣り取りを見なければならない。見ていろと愚弟が笑
っている気がした。死ね。早くこの家から出て行ってくれ。胸のあたりが痛む。
苦々しい感情。嚥下したブラックコーヒーのせいではない。
「それで。ネロ、話とは?」
 息子との日常がどこか遠くへ投げ棄てられてしまった感覚。嫌な気分だ。それ
がどこへ落ちたのか? 音は聞こえない。
 とにかく、早く終わらせてしまいたい。どんな話であろうともそれを話し終え
れば俺はネロとの生活に戻れるのだ。ダンテは自分の事務所へ帰る。
「回りくどい事言ったってあんたは理解してくれないだろうから単刀直入に言う

 ネロに話を訊いたのに何故ダンテが答えるのか。貴様は昔からそうだったな、
何にでも横入りしては奪い去ってゆく。本当に何でもだ。特に俺が掴みかけたも
のなどはどこまでだって追いかけて必ず奪って行ったな、アミュレットも、力も
、何もかも。
「俺、おっさんと一緒になるから」
 我が子までも?
「叔父としてじゃなくってさ、ダンテとして好きなんだ、愛してるんだ。大切な
んだ」
 そういえば俺も昔からこうだった、何も掴めない両の手、抱けない両の腕。息
子の手すら握れない手、息子をきつく抱き締める事さえ躊躇う腕。こぼれ落ちる
ばかり。
「ダンテ、お前は」
「もちろん俺も同じ気持ちだ。甥としてじゃあない、ネロを愛してる。ああ、や
ましい事はまだこれっぽっちもしちゃいないから安心してくれ。キスぐらいあん
たもするだろう? 親子の愛情表現ぐらいは、なあ」
 そうして視界が霧掛かる。嫌だ、やめろ。底深い沼の淵に腰かけている様だ。
徐々に引き摺り込まれる感覚。足首から埋まり物言う間もなく膝まで浸かる。弟
が、息子が沼の淵から俺を見下ろしている。顔の輪郭まではハッキリ確認出来る
のに、表情だけが全くわからない。嫌だ。嫌だ。伸ばしたい手が伸ばせない。沈
んでしまった、沼に。磔(はりつけ)られた様に動かない。
 酷似している、魔界へ堕ちたあの時に。身体が沈み込み、底知れぬ闇へ堕落し
てゆく。
 俺は何も守れないのか? 嫌だ、嫌だ、やめろ、何もかも俺の手から離れたら俺
は。
 沼の様な闇が顎まで俺を飲み込んだ。身体中にのしかかる闇が重い。喘ぐ。下
顎から沼が流れ入る。苦い、色に例えるならば黒。そうだ黒いのだ。眼を閉じる
。闇の匂いを感じる。苦く香ばしく温かな、闇色の――。