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ハッピーアーリーサマーファザーズデイウェディング

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「父さん?」
 閉じた目蓋を上げればネロが俺の顔を覗き込んでいる。沼の淵からこちら側へ
来たのか? 親が親ならやはり子もそうなってしまうのだろう、揃って愚かしい。
「コーヒー、淹れてきた」
 不思議なものを見る目でネロは言う。言葉尻に、けど、と消えそうな声で足し
た。両手にはひとつずつ、湯気立ちのぼるマグカップを持っている。ひとつの中
身はブラックコーヒー、もうひとつはカフェオレ、ミルク分多めでノンシュガー

 そういえば先刻のネロも同じカフェオレだった。ネロがコーヒーを飲む時はい
つもこう作るのだと決まっているから、当然と言えば当然なのだが。
「父さんはブラック」
 差し出されるマグカップの中身、表面は闇色、苦く香ばしく温かな。
「……沼」
 ネロを見れば、頭上にクエスチョンマークを幾つも浮かべている様な、いかに
も訳が解らないといった表情。
 良かった、わかる。俺は堕ちていない。
「沼? 何のことだよ?」
「……いい、気にするな」
 受け取ったコーヒーを一口、二口飲み込んで辺りを見回せば思い出す。
「本が、棚に収まらない」
 忙しさを理由にして床に、机上にと平積みしてしまった大量の文献を片付ける
べく書斎へ入ったはいいが収まりきらず、結局疲れてへたり込んだ。以降は憶測
に過ぎないが恐らく、ここでうっかり居眠りをしてしまい、夢にみたのが――。
「ならダンテを呼べばいい、要らない本の処分をおっさんに任せるんだ。便利屋
は何だってやってくれるんだろ?」
「いや! 大丈夫だ! 急いては事を仕損ずる!」
 愚弟の名を聞いて大声をあげてしまった。無理もない、あんな悪夢を見せられ
ては。いつの間にか隣に座り込んでいたネロは目をまるくして驚いているがどう
にもできない。
「俺が、どうにかする」
「でも父さん、疲れてるだろ」
「どこがだ」
「無理してるようにしか見えない」
 真剣な、それでいて困った様な顔で俺を見るネロ。見透かされている。更には
俺の魂が“たまには折れてみろ、今日くらいは許される”と漏らした。……負け
だ。
「二人でどうにかするとしよう。俺と、ネロとで。ネロが居ると俺は救われる」
 マグカップを持っていない、空いているほうの腕でネロの肩を抱いてやればく
すぐったそうに笑む。俺にも掴めるじゃないか。抱き締められるじゃないか。あ
とは感じる温もりをこぼさぬ様に、こぼさぬ様に、指先を丸めてみればいい。
 そう気付いて、我が子の体温程にぬるくなったコーヒーを飲み干した。