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掃き溜めの街で歌い始めたチンピラたちの新しいメルヘン

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そのときグラウンドに立っていたのは十文字と葉柱のふたりきりだった。そうしていられたのはただの意地だ。こいつより先には絶対に倒れない。ただそれだけ。
「ま、三兄弟にしちゃ上出来だ」
 ヒル魔がヒラヒラと手を振りながら笑ってグラウンドを去るのを合図に、十文字と葉柱は地面に倒れた。他の連中はとっくに死屍累々、とにかく邪魔にならないようラインの外に出て、うなだれて座っている者、大の字になって寝転がり、荒い息をついている者、それぞれに疲労の色はいまだ濃い。
「……ざけんなっつうの」
 十文字は肩で息をしながら吐き捨てた。尊大な悪魔は、人をまず褒めたりしない。まあ、自分が何とかしろと言い出したことだ。はなからそんなものは期待していなかったが、ここまでしんどいと誰かにあたりたくなるのも当然だ。
「あー、煙草吸いてー」
 ほっとするといまだに一服つけたくなる。中学一年のころ、親への反発心とかっこつけで吸い出したはずの煙草は、三年後、立派なニコチン中毒に進んでいた。
「お前、持ってねえ?」
 十文字はあお向けの姿勢のまま、一番近くにいる葉柱を見やり言った。別に意味があったわけではない。黒木も戸叶もユニフォーム姿だ。隠し持っていられるわけがないから、制服姿で、まだ多少なりとも可能性のある葉柱に聞いてみただけだ。
「んなもん、持ってねえよ」
 不機嫌に答える葉柱を、十文字はフンと鼻で笑った。
「スポーツマーン」
「んだとォ 」
 揶揄するように言うと、葉柱はいきりたって立ち上がろうとした。が、限界ギリギリまで使われた筋肉は体重を支えきれずガクガクと震えるばかりで上半身を起こすのがやっとだった。
「おい、誰か持ってんだろ」
 葉柱は部員に向かって怒声を上げた。
 葉柱の声に、部員達はそれぞれに目配せしあった。先日の泥門戦で敗れてから、部員全員に煙草を禁じたのは他でもない葉柱だったからだ。吸ってはいけないはずのそれを出せば、後で何らかの制裁があることは火を見るより明らかだ。
「出・せ・よ」
 じれるように、短く切りながら低くうなるように言う声に、ラインの外に座り込んでいたQBがしゃあねえなという顔で、頭を掻いた。傍らに置いていた上着の内ポケットを探り、煙草の箱を取り出す。
 葉柱は剣呑な視線でQBを睨み上げる。彼は身を縮めスンマセン、と小さく頭を下げた。理不尽きまわりない話だ。けれど、葉柱は賊学では王であり法であるから仕方ない。彼は小さくため息をつくと、いつも扱っているポールよりずっと軽い箱を、十文字に向かってゆっくりとアンダースローで投げた。それは弧を描き、ちょうど十文字の腹の上に落ちた。
「ライターはァ?」
 寝っころがったまま聞くと、中に入ってんよと答えが返る。人の悪い笑みを浮かべながら、届いた煙草の取り上げ、紙箱の蓋を持上げると、十文字は中から一本取り出し、それを咥えた。
「俺もー」
「ミー トゥー」
 ちょうど手が届くほどの距離に倒れている戸叶と黒木が、手をヒラヒラさせながら言った。十文字は箱の中からライターを取り出し、火をつけると、元にもどし、黒木に向かって放った。
 黒木も同じように一本だけ拝借し、戸叶に投げる。三つ目の火が点って、ゆらりゆらりと寝転がる三人から、同じように煙草の煙が立ち昇った。
 ゆっくりと吸う。
 フィルターが乾いた唇に張り付き、ただ苦く刺すような感覚ばかりが十文字の口の中に広がった。
「……まっじー」
 黒木も同じ感想のようだ、顔を顰めると一口吸っただけの煙草の火を、グラウンドに押し付けて消す。戸叶は火のついた煙草をそのまま誰もいない空間に向かってぽおんと指ではじき出した。
「お前らなあ」
 呆れたような声が、葉柱からあがった。
「吸ってらんねえよ。それより水ー ポカリー アクエリー ダカラー なんでもいいから誰か買って来いよ。キンキンに冷えたやつ。あ、ビール!」
「おめえが行けよ!」
 戸叶の言葉に、すぐそばに転がっていたニット帽を被った男が苛立たしげに声を上げた。
「ざけんな奴隷」
 煙草をくわえながら、茶々を入れるように十文字がまぜっかえす。
「調子乗ってんじゃねえぞ、ザコが!」
 葉柱が返すと、
「アアン  もう一回言ってみろ、爬虫類! 五百万の借金があるくせにでかい口叩いてんじゃねえよ!」
黒木が怒鳴った。
「おめえに借りてる金じゃねえだろ!」
 全員がグラウンドに寝転がったまま、身を起こすので精一杯の状態で交わされる言葉は、それぞれが脅しに慣れた怒声であるにもかかわらず、どこか間が抜けてグラウンドに消える。
 拗ねたような声で、葉柱は言った。
「どうせお前らだって似たようなモンだろ」
「あん?」
「ヒル魔に脅されてやってんだろっつってんだよ」
 真実をつく葉柱の言葉に、三人は瞬間言葉を失う。葉柱はその様子を見て、せせら笑った。
「だよな。お前らみたいなクズが自主的にスポーツなんてやるわけねえもんなア?」
「つーかよ」
 十文字は、煙草の灰を落としながら暗い声で言った。
「脅されでもしなきゃ、誰がアメフトなんかやるかよ」
 再び煙草に口をつけ、ゆっくりと吸うと嫌な苦味にじわりと唾液が湧き出る。吐き出したい欲求にかられたが、仰向けのまま唾を吐けば、己に戻ってくるだけだ。
 葉柱は十文字の言葉に、酷く不快そうにケッと吐き捨てた。
「じゃあお前、俺らはなんに付き合ったワケよ?」
「クズのアメフトの練習に、だろ」
 自嘲するように、ふんと鼻を鳴らす。
「アメフトの練習っつーよりは、お礼参りの練習台」
 十文字は目を閉じる。ゴミにまみれた自分が作られた路地裏が闇に浮かんだ。蔑むようなヤツらの目。どろりと胸のうちに暗い感情が立ち上る。
「あいつらに恥かかせられりゃ、それでいいんだよ。そうするにはアメフトが一番良さそうだったから、やってみただけだ」
 煙を吐き出すフリをして、十文字は大きく息を吐いた。
「そうじゃなけりゃ、こんな場所にいられるかよ。違うか?」
「ハア?」
「意地でもなきゃ、夜討ちにしたほうが楽だっつーこと。お前らだってそうだろ?」
 ちらりと葉柱に視線をやり、それから十文字は煙草をグラウンドに押し付けた。
「似合わんだろ、俺らみたいのには。こんなただっ広くて、まぶしい場所は」
 十文字の言葉に、葉柱はふと視線を上げ、カクテルライトを見た。光が眩しいのだろう、彼は目を眇め、小さく舌打ちした。
「俺は……」
「YA───HA───!」
 会話をさえぎる聞きなれた声に全員がぎくりと身を縮めた。
 ゴツンという大きな音がする。と同時に、誰かが悲鳴をあげた。何事かと半身を起こそうとする間にも、悲鳴と音は続く。背筋に悪寒が走って、十文字はハッと天を見た。カクテルライトにキラリと何かがきらめいたと思うのと、体が右に動くのは同時だった。
 重く硬質な音を立てて何かが地面に落ちた。振り返り確認すると、それはコカコーラの赤い缶だった。まっすぐ垂直に落ちてきたそれは、倒れずまっすぐグラウンドに立っていた。
 冷や汗が一気に噴き出す。
「なんだ、まだ動けんじゃねーか」
「ヒル魔くん!」