理解できない
うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ。
俺が折原臨也という自称「素敵で無敵な情報屋」、新羅曰く「反吐が出る」最悪な男
に抱く感想はこれだけだ。
来神に…いや今は来良か。とにかく俺がまだ高校に居た時から気に食わなかった
。決定的な亀裂がはいったのはあの時、つまりは俺が嵌められた時だが、それよ
り前から俺達の仲は最悪だった。
反りが合わないのはもちろんのこと、顔を合わせれば殴り合い、今思えばよく校
舎が倒壊しなかったと思う。
おかげで喧嘩人形となんともありがたみのない通り名が付けられ、それがそのま
ま今までレッテルのように俺の背中には貼付けられている。
だから許せない。許せないし、許すつもりもない。なんと言ってもあのクソ蟲か
ら謝罪の一言も貰ったことがないのだ。
折原臨也は俺にとってどうやっても正にはなりえない負の存在で、あちらから見
たら俺が負になるだけのことなのだろう。
べぐしゃ。
そうとしか表現できない音を立てて金属製の錆びたアパートの扉がひしゃげた。
「いいから延滞料払えクソガキがぁぁぁ!!!!!!」
「ひ、ひいィ!!」
「あー、だからな?もっと悲惨なことになる前に金払え。んで静雄ー、ちょい落
ち着くべ、…つってもこりゃ手遅れだな。」
これが今日の取り立て終了、だった。
それから延滞料を無事に払わせ、ついでに使用用途のよくわからない物(ローショ
ンやら書いてあった気がする。あとは秋葉の駅前にある妙な店に置いてあるもの
やら鉢巻きやら、本当によくわからない)を押収し、夕方の池袋をトムさんと肩を
並べて歩いていた。
「うし、んじゃこれで今日の仕事終わりな」
「お疲れさんっス」
「明日休みだし、ちょい飲みに行かねぇ?」
「あー……」
折角トムさんの誘いだから乗ろうかと思案していると、実に不愉快な気配がして
、口元が引き攣った。
「…すいません、害虫駆除して来るんで。また今度」
「そかそか。んじゃ健闘を祈るわ」
一度頭を下げてから俺は駆け出した。
息を切らして探すまでもなくすぐにいけ好かないノミ蟲は見つかった。
今日こそ脳天から潰してやると決意して近場にあった標識を引っこ抜こうとして
、違和感を覚えた。
(……?)
こちらに気付かない。いつもならこの距離まで来たらすぐ気づくのだが。無視を
してるという可能性もあるが、それにしてはあまりに自然。なら本当に気づいて
いないのだろう。
臨也は何か探すように辺りを見回して、人気の無い路地裏へ身を滑り込ませた。
――訂正、辺りを見回したのはなにかを探す為ではなく、寧ろ探す為に路地裏に
入ったようだ。
とりあえずやはりノミ蟲を見た時点でムカついたのでこっそりと、正にストーキ
ングでもするように(いや、俺が臨也にストーカーは有り得ないが)臨也を追った
。
意外と入り組んだ路地は細いながら延々と続き、臨也は見渡す程のものでもない
狭さの路地を見回しながら奥へ奥へと進む。
やがて立ち止まったので身を隠すために角へ隠れ、慎重に奴の様子を窺い見れば
、予想に反してそれは突き当たりではなく、ただ歩き回って反対側の道路へ出た
だけだった。
「あーあ。つまらないなぁ」
臨也が呟いたのはたった一言だった。
そこで最初の違和感ははっきりしたものになった。何故なら、俺のしっている折
原臨也はこんなに寂しげな声で物を言ったりしないからだ。
「俺は人間が好きだよ、でも俺は人間には嫌われてるみたいだ」
自嘲するような笑みを含んだ声で呟いた。言葉の調べから俺に気づいたのかと思
ったが、しかしまだ臨也は俺に気づいていないようだった。
「なんでかな、シズちゃんに嫌われるのは構わないのに」
(俺だって手前に好かれてぇなんざ、)
「俺はあんな刀なんかよりずっと人間が好きだよ」
(手前の愛情は酷く幼稚だ)
「だからこんな仕事やってられるんだろうけど」
(それは手前が最悪な性格をしてやがるから)
「……人間には愛されないよね、俺は。」
(……)
信じられない。ノミ蟲はいつでもむかつくやつで、これは何百年たっても変わら
ないはずだ。いけ好かない、人間らしすぎて作り物めいた折原臨也のはずだ。
なぜか居心地が悪く手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込むと、横幅数センチの
布が指に絡まった。
それの正体を認識すると同時に、俺は自分でも何かわからないまま走り寄り、流
石に気配に気づいた臨也が振り返る前にその布を瞳に被せた。押収品の鉢巻きだ
った。
「え、」
驚いて珍しく焦りを見せた臨也は咄嗟に逃げようとしたのかおそらく廃棄物のつ
まったダンボールに足をひっかけてよろめいた。
「わっ!」
「!!」
考えもせずに倒れかけた身体を支えたせいで、俺までバランスを崩して薄汚れた
路地の壁にもたれるように座り込んだ。反射的に臨也を庇ったせいで臨也の身体
は俺の足の上にある。
………は?
反射的?わけがわからねぇ。それはノミ蟲も同じだったようで、ぽかんと口を開
いたままだ。
「……」
ああもういい、わけがわからねぇ。わかるもんか。わかってたまるか。
どうも理屈っぽいものが苦手な俺の脳は勝手にそう整理した。そしてまたもや、
今度は無意識に、足の上にある黒に包まれた身体を抱きしめていた。
「ちょ、あのー…」
臨也は戸惑っているように焦りを含んだ声でこちらに呼びかけてきた。俺は答え
ようともせず、ただひたすらにその細い身体を抱きしめていた。
恐らく、声を聞かせたら。こいつの目をみたら。俺はまたいつものように物を投
げ、罵り、そして臨也も不敵な笑みを浮かべて俺を殺しにかかるのだろう。
今は、寂しげな臨也を見た今だけは、そんなことはせずに、ただひたすらに抱き
しめてやりたかった。
「……あのさぁ、誰?女の子じゃないよね、随分力強い、し…」
普段通り、とまではいかないがまた理屈尽くしの言葉を紡ぎ始めた臨也は、少な
からず動揺しているようだ。
「なに、してんの?まさか俺にフォーリンラブ?」
「……」
「……なにか言って欲しいなぁ」
「……」
「……俺、探し物してるんだけど」
そういえばそんな様子だった。何を探しているのやら。
「君さ、平和島静雄って知らない?」
(……は?)
「明日は休みらしいから田中先輩と飲みに行くと思うんだよね。」
(いや確かに誘われたけどよ)
「下戸って程じゃないけど普通に酔うし、酔ったシズちゃんなら割と簡単に殺せ
そう、だし…」
(それはつまり、)
俺を探してたのか?
理由は殺すため、ではあるが。
「……あ……君、もしかして、シズちゃん…?」
恐らくこっちの動揺を読み取ったのだろう、気付かれたようだ。
その瞬間に俺は我に返ったように目隠し代わりに使った鉢巻きを取り去って奴の
身体を引きはがすと、汚れたコンクリート固めの地面にたたき付けた。
「ぐっ……!!」
苦悶の声を上げた臨也は強く肩を打ったようで、打ち付けたそこを握るように押
さえながら立ち上がった。
「……池袋には来んなって言わなかったっけか?臨也君よぉ」
(ああ、俺は多分気持ちに不釣り合いな笑顔だ)