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久住@ついった厨
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艶やかな徒花と標本のモルフォ

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呼んでもいないのに、尚且つ先触れもなしに奴らが尋ねて来るのは、特段珍しいことでもなかった。だから俺はフランシスとアントーニョが来たと告げられた時、軽く溜め息を吐いたくらいだった。思ったことはといえば、今日は客に会うような格好をしてねぇんだよとか、相変わらず何の連絡もなしかとか、それくらいだ。
 客間に通しとけと室外の使用人に言葉を投げてから、俺は視線だけを上に向かわせた。鏡を通して背後を見つめる。鏡の前に置いた椅子に座った俺の髪を懇切丁寧に梳かしている奴を、見つめる。
 背の高い男だ、ついでに引き締まった筋肉を備えてもいる。鼻筋が通っていて髪の金も瞳の碧も申し分ない色艶だ。サファイアともアクアマリンとも違う綺麗な目を見るのを俺は気に入っていて、よく見えるようにこの頃は前髪を上げさせている。そうすると男臭さが増すようで、眉根を寄せられたりするとぞくぞくっと腰に来た。
 自分の趣味が特殊だってことは十二分に分かってる。そんな俺に気に入られちまったんだから、災難としか言い様がないだろうな。こいつ──ルートヴィッヒにとっては。
 苛めに苛め抜いて言わせてやった名前は舌に馴染みがいい。親しみを込めてルッツと呼んでやっているが、そこのところルートヴィッヒはどう思っているのだろう。訊けば答えるんだろうが、それが本心かは微妙なところだ。完全に俺に平伏していないとはいえ、積極的に反抗してくる訳じゃあない。世辞の一つや二つは簡単に言えるだろう。
 俺はそのくらいには、ルートヴィッヒの自尊心やら羞恥心を砕いてやった自信がある。十分だと思えるまでねちねち苛めてやるのは実に楽しかった。
 のだが、その話はまた今度だ。今は支度をしないとな。長々待たせると嫌味が鬱陶しいったらない。
 俺は鏡の中のルートヴィッヒをじっと見つめたまま、ルッツ、と声を上げる。ルートヴィッヒは僅かに手を止めて、鏡越しに俺を見た。無言ながら何かと問う視線に俺はくふりと口元に笑いを上らせる。

「着替える。奴らも一応客だからな」

 いいやつ出せよ、言えばルートヴィッヒは軽く頷いてクローゼットに向かう。
 喋り過ぎないところも俺がルートヴィッヒを気に入っている理由の一つだ。一見は無愛想に見えるが、言葉だけ応える奴らより余程きちんと言い付けに従う。それはどんな甘言よりもしっかりと俺の信頼を勝ち取った。計算してやっているとしたら大した玉だ。計算してやっていなくとも、それはそれで凄い気がしなくもない。
 あの時俺がルートヴィッヒを見付けたのはやっぱり奇跡だったのだろう。そして同時に、運命だった。
 普段は使わないような言葉で表現してしまいたくなる程に、俺はルートヴィッヒとの出会いに特別なものを感じていた。それが何なのかと言われれば、正確に言い表す言葉を見付けられないのだが。くるくる脳内遊戯をしながら、俺はちらりとクローゼットの方を見遣る。遅いな、いつもならそろそろ一式持って現れる頃なのに。
 そういえばルートヴィッヒの奴は服の趣味もいい。全く興味がないから調べていないが、結構いい家柄の生まれなのかもしれない。目にした覚えがないから俺と縁のある家じゃあなさそうだけれど。あんな品行方正っぽいの、俺と縁のある家の奴だったらびっくりだもんな。
 俺が知り合う奴らは大抵、どこかしらに何かしらの異常を抱えてる。取り返しのつかない奴もいれば、まだ間に合う奴もいる。それは今客間で俺の登場を待っている、フランシスとアントーニョにも言えることだ。あいつらだって大概、おかしい。
 フランシスはとにかく美しいものなら何でも愛の対象で、老若男女、見境というものがまるでない。アントーニョの方は小さい子供が涎を垂らす程に──言っとくがこれは決して比喩じゃない、俺は実際見た時に引いた──大好きである。で、俺はと言えば常時女装して男を何人も囲っている。
 世間の目なんてものにはもうとっくに慣れてしまって、最近じゃ隠すとかそういう言葉が脳裏を過ぎることさえない。流石に公式の晩餐会だ舞踏会だって場所じゃ自重せざるを得ないのだが。俺だって命は惜しいね、不敬罪で死刑なんて御免だ。
 男の正装とか気持ち悪いし動き辛いし最悪で、そう度々着たいとは思わないし思えない。よく着てられるよな、あんなの。と感じるのは俺くらいだと分かってるが1人くらいは賛同者が欲しい。ドレス最高だぜ。
 って本当に遅いな、何やってんだ。焦れてきて椅子から立ち上がろうとした時、漸くルートヴィッヒが戻ってきた。両手に大きな箱を抱えている。それも2つも。

「遅い」
「申し訳ありません。先程仕立てていたドレスが届いたのでこちらになさるかと思いまして」
「真紅のベルベット?」
「それに最高級のサテンも使われたものですね」

 言いながらルートヴィッヒが箱の封を解いていく。顔を覗かせるのは何度となく店に足を運んで手直しを加え俺好みにした流行の型のドレスだ。シンプルながら豪奢な雰囲気で、実にいい出来に仕上がっている。やっぱり腕いいな、あの仕立て屋。駄目出ししまくったのに嫌な顔一つしなかったし。暫くはあそこに全部頼むか、んで今度は何着か纏めて頼もう。
 頭の中で算段を立てる俺を余所に、ルートヴィッヒは俺を立たせて手早くドレスを着せていく。ウエストを締めたり何たりするのに結構力を掛けるのだが、俺に無駄な負担が掛かることはない。このムキムキのどこに力の制御装置がついているのか、非常に興味深いところだ。
 本気を出せば俺なんて簡単に括り殺せるだろう逞しさに、目の前の光景がくらりと揺れる。いつでも止どめを刺されることが出来る、そのことに俺は歓喜し安堵する。その感情がどこから湧いてくるものなのかは、いまいち分からない。
 最後のリボンを結んだルートヴィッヒの手が離れていく。俺は意識を現実に引っ張り戻して、鏡の中の自分を見つめた。真紅の色は俺の瞳より少しばかり濃いくらい、全体的に色素が薄い俺にはこれくらいキツい色の方が似合う。ヘッドドレスがちょっと寂しい気がしたから薔薇のコサージュを留めて、うん、なかなかいい感じだ。
 くるりとその場で1ターン、俺は側に控えているルートヴィッヒを見る。シンプルなシャツとスラックス姿もそりゃあ似合っちゃいるが、俺の後ろをついて歩かせるにはちょっと質素過ぎる。俺はルートヴィッヒの横を擦り抜け、まだ開けられていないもう1つの箱に手を伸ばす。開くと推測通り、それはドレスと一緒に頼んだルートヴィッヒの礼服一式だった。
 ジャケットを手にして振り向くと、ルートヴィッヒは実に微妙な表情を浮かべていた。最近分かるようになったほんの少しの変化、だが気付いてしまえば大きな変化だ。なーに考えてんだかな。まぁ気遣ってやる義務など俺にはないから、放っておくことにする。

「お前も着替えろよ、ルッツ。一緒に来い」

 言えばやはりルートヴィッヒは微妙な表情をしたが、抵抗の意思を示すことはなかった。



「遅いでーヒルベルト」
「ドレスアップに手間取ったかな、お嬢さん?」

 客間に一歩足を踏み入れるや否や、俺には2つの声が投げ掛けられた。1つはアントーニョからのもの、もう1つはフランシスからのものだ。