鬼ごっこ 【沖千】
ざわざわとした雑踏の中を僕は走っていた。
どうしてここはこうもうるさいのだろう。
じゃりじゃりとした小石の地面を草履で蹴って人と人との間をすりぬけた。
ここまでくれば平気かな。
あたりを見回して、ようやく僕は団子屋のベンチに腰掛けた。
あいつはずるいやつだ。僕があの中で確かに一番年上だけど、ただそれだけの理由で僕を毎回狙うのは卑怯だと思う。
僕をいじめて何が楽しいんだ。
僕は団子屋のおばさんに水だけ頼んで、次から次へと流れおちる汗をぬぐった。
一分もしないうちにおばさんは水を入れた湯のみをもってきてくれて、僕はそれをぐいっと飲みほした。喉に冷たいものがころがっていくのがわかる。
ふぅ と息をついておばさんにおかわりを頼み、団子は食べないのかい?と聞かれたが拒否した。
暑い。太陽が眩しすぎて、僕はただ地面だけをみつめていた。
しかし、ちょうど太陽が雲か何かにさえぎられ少しだけ涼しくなる。
するとまたムカツクあいつの顔が頭に浮かびあがり僕はふたたび腹が立ってきた。
だいたいあいつは大人げないんだ。大人のくせに子供と遊んで何が楽しい。
僕は走ったせいで草履で親指と人差し指お間がすり切れていることに気づいた。赤く血がにじんでいる。
むかつくむかつくむかつく
ひりひりする足をぶんぶんばたつかせて、同じ言葉を何回も繰り返した。
「総司のあほ…」
耐えられなくなって 言葉がもれた とき
「 だれがアホだって? 」
トゲのある声が僕の耳をくすぐる。上のほうから聞こえてきて、僕はしまったと思いながら顔を上げた。もっと早くに気づくべきだった。
前をだらしなく開けた赤い服を身にまとった男が立っていた。親指と人差し指の輪っかの中から僕を見下ろして 見つけた と言った。
沖田総司は僕らとたまに遊ぶ。総司が相手をしてるんじゃない、僕らが相手をしてやってるんだ。
今日の遊びは鬼ごっこで、総司が鬼の はずだった。
「君って案外まぬけなんだね。正直がっかり。」
まったくがっかりしていない、むしろうれしそうな微笑をうかべ僕の肩をぽんとたたいた。僕はその手をハエを追っ払うかのようにはらって、今まで溜め込んでいた言葉をぶつける。
「まぬけってなんだよ!だいたい総司はいつも僕狙いじゃないか!だるまさんがころんだをしてる時だって!かくれんぼをしてる時だって!」
「そうかな…。君の勘違いじゃない?」
つくづくむかつく男だ沖田総司。喉が痛い。大声を出すんじゃなかったと後悔した。
そんな時ちょうどおばさんが、おかわりを持ってきてくれたので僕が手を伸ばしたが、さえぎるように総司がそれを受け取った。
「君さ、隠れるんだったらもっとましな所に隠れようよ。これじゃあすきだらけ」
くすくすと笑みを絶やさずに総司の口はひらく。馬鹿にすんなと思いながら、総司の持っている湯のみに手を伸ばす。
「あと、たとえ疲れたからってこんなところで休んじゃだめだよ。みんな暑い中逃げてるっていうのに」
湯のみは僕の手をするりとかわし、総司の口元までいき、それを追って僕の手が総司の口近くに伸びる。
「それと 足元すり切れてるよ。血がにじんじゃってる。さっき足をばたつかせてたけど、何?君ってMなの?」
口元まで持ってきた湯のみを口をつけず、ぎりぎりのところではなし、また僕の手をすり抜ける。
「だいたい君は「うるさい!!!!」
僕は総司のうざったい言葉に一言で返した。それと同時に上げていた手を下に、ぶんとふる。
その言葉を聞いて、総司は中のものを混ぜるかのように無意味に湯のみをまわし、二滴くらい水は地面に零れ落ちた。
「まあいいや。お説教はこれぐらいにしてゲームをはじめよっか。他の子たちが飽きちゃう」
お説教だったのか?僕が小さなはてなマークが頭に浮かんだ時、あっちの方から歩いてくる男に肩がぶつかってよろめいた、ズキンと足にひびく。
「僕足痛いから帰る」
「鬼なのに?自分が鬼になったとたんやめるなんて卑怯じゃない?」
お前に言われたくない。僕は言い返す。
「それに鬼ごっこといっても範囲広すぎ。これじゃ一人見つけるのにも日が暮れちゃうかもしれない」
「でも僕はできたじゃない」
にこにこしながら総司は返す。あんたは始まってからすっと僕の後を追ってたじゃないか。
「それに大丈夫だよ。あとの子達はみんな君より年下。そう遠くには逃げてないと思うよ――おっと…!」
子供二人と親らしき人が総司と逆の方からやってきて、子供が総司に軽くぶつかった。
総司はわざとらしくよろめき、水でまた地面をぬらす。
僕はため息をついた。
「わかったよゲームはやる。でも鬼じゃなくなったら帰るから」
「うん」
そう言って総司はまた湯のみを自分の口元に持ってきて、やっぱり飲まずに離した。
ここは人がよく通るし、はなれよっか という総司の提案に僕は賛成し、僕らは人けの少ない新撰組の屯所の近くまでやってきた。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ねぇ」
沈黙に耐えられず、まず僕が口を開く。
「僕が鬼なんだよ?早くにげないのかよ」
総司は首を横にふる。「増やし鬼だから僕も鬼だよ」
「はあ?そんなのいつ、どこで、だれが決めたんだよ!」
「今、ここで、僕が決めた。文句ある?」
そういいながら、総司は自分のこしにある刀を左手でなでた。
「べ…別にないけど」
僕は少しだけ後ずさって、総司と距離をおいた。
でもやっぱり総司の言いなりになるのはいやだ。それに…
「僕一人でいい」
「え」
「足だって平気だし、他の子たちはルールの変更のこと知らないと思うからかわいそうだよ」
「でも君にとって好都合だと思うけど」
「いい」
「本当に?」
「鬼は僕一人で十分。総司は鬼になっても役立たずになるだけ。足手まとい」
しまったというときにはもう遅かった。こんなこと言うつもりじゃなかった。
とりあえず総司が刀を抜く前に総司のそばから離れようとしたら、総司の口から意外な言葉が返ってきた。
「鬼になっても足手まとい・・・ね」
さっきまであった微笑が少しだけ壊れた。僕は予想外の展開に頭が追いつかなかった。
「たしかにそうかもしれないな。こんな僕になにができるのだろう」
僕をみつめながら、ううん僕を透して違うものをみつめて総司は呟いた。僕はわけがわからず反射的に謝っていた。けど総司はまた呟く。
「あれを飲んだところで、本当に前までの生活に戻れるのかなあ・・・はは、そんなうまい話、あるわけないのにね」
いったいだれに向けて話しかけているのだろう。総司は時々わけのわからないことを言う、だから苦手なんだ。
「平助が言ってたな。朝と夜が逆転して、月が太陽に見えるって」
「平助・・・!ってあのザリガニの!」
やっと僕のわかる話題につながった。僕は適当に言葉を並べ始める。自分でも何を言っているのかわからなかった。
「あれでしょ!あの・・・おにぎりほしくてついてきてトラになってザリガニがばびゅーんて!」
総司は はっとしてやっと終点がやっと僕に合う。僕の存在なんて忘れていたみたいだ。
「そう・・・へーの平助」
どうしてここはこうもうるさいのだろう。
じゃりじゃりとした小石の地面を草履で蹴って人と人との間をすりぬけた。
ここまでくれば平気かな。
あたりを見回して、ようやく僕は団子屋のベンチに腰掛けた。
あいつはずるいやつだ。僕があの中で確かに一番年上だけど、ただそれだけの理由で僕を毎回狙うのは卑怯だと思う。
僕をいじめて何が楽しいんだ。
僕は団子屋のおばさんに水だけ頼んで、次から次へと流れおちる汗をぬぐった。
一分もしないうちにおばさんは水を入れた湯のみをもってきてくれて、僕はそれをぐいっと飲みほした。喉に冷たいものがころがっていくのがわかる。
ふぅ と息をついておばさんにおかわりを頼み、団子は食べないのかい?と聞かれたが拒否した。
暑い。太陽が眩しすぎて、僕はただ地面だけをみつめていた。
しかし、ちょうど太陽が雲か何かにさえぎられ少しだけ涼しくなる。
するとまたムカツクあいつの顔が頭に浮かびあがり僕はふたたび腹が立ってきた。
だいたいあいつは大人げないんだ。大人のくせに子供と遊んで何が楽しい。
僕は走ったせいで草履で親指と人差し指お間がすり切れていることに気づいた。赤く血がにじんでいる。
むかつくむかつくむかつく
ひりひりする足をぶんぶんばたつかせて、同じ言葉を何回も繰り返した。
「総司のあほ…」
耐えられなくなって 言葉がもれた とき
「 だれがアホだって? 」
トゲのある声が僕の耳をくすぐる。上のほうから聞こえてきて、僕はしまったと思いながら顔を上げた。もっと早くに気づくべきだった。
前をだらしなく開けた赤い服を身にまとった男が立っていた。親指と人差し指の輪っかの中から僕を見下ろして 見つけた と言った。
沖田総司は僕らとたまに遊ぶ。総司が相手をしてるんじゃない、僕らが相手をしてやってるんだ。
今日の遊びは鬼ごっこで、総司が鬼の はずだった。
「君って案外まぬけなんだね。正直がっかり。」
まったくがっかりしていない、むしろうれしそうな微笑をうかべ僕の肩をぽんとたたいた。僕はその手をハエを追っ払うかのようにはらって、今まで溜め込んでいた言葉をぶつける。
「まぬけってなんだよ!だいたい総司はいつも僕狙いじゃないか!だるまさんがころんだをしてる時だって!かくれんぼをしてる時だって!」
「そうかな…。君の勘違いじゃない?」
つくづくむかつく男だ沖田総司。喉が痛い。大声を出すんじゃなかったと後悔した。
そんな時ちょうどおばさんが、おかわりを持ってきてくれたので僕が手を伸ばしたが、さえぎるように総司がそれを受け取った。
「君さ、隠れるんだったらもっとましな所に隠れようよ。これじゃあすきだらけ」
くすくすと笑みを絶やさずに総司の口はひらく。馬鹿にすんなと思いながら、総司の持っている湯のみに手を伸ばす。
「あと、たとえ疲れたからってこんなところで休んじゃだめだよ。みんな暑い中逃げてるっていうのに」
湯のみは僕の手をするりとかわし、総司の口元までいき、それを追って僕の手が総司の口近くに伸びる。
「それと 足元すり切れてるよ。血がにじんじゃってる。さっき足をばたつかせてたけど、何?君ってMなの?」
口元まで持ってきた湯のみを口をつけず、ぎりぎりのところではなし、また僕の手をすり抜ける。
「だいたい君は「うるさい!!!!」
僕は総司のうざったい言葉に一言で返した。それと同時に上げていた手を下に、ぶんとふる。
その言葉を聞いて、総司は中のものを混ぜるかのように無意味に湯のみをまわし、二滴くらい水は地面に零れ落ちた。
「まあいいや。お説教はこれぐらいにしてゲームをはじめよっか。他の子たちが飽きちゃう」
お説教だったのか?僕が小さなはてなマークが頭に浮かんだ時、あっちの方から歩いてくる男に肩がぶつかってよろめいた、ズキンと足にひびく。
「僕足痛いから帰る」
「鬼なのに?自分が鬼になったとたんやめるなんて卑怯じゃない?」
お前に言われたくない。僕は言い返す。
「それに鬼ごっこといっても範囲広すぎ。これじゃ一人見つけるのにも日が暮れちゃうかもしれない」
「でも僕はできたじゃない」
にこにこしながら総司は返す。あんたは始まってからすっと僕の後を追ってたじゃないか。
「それに大丈夫だよ。あとの子達はみんな君より年下。そう遠くには逃げてないと思うよ――おっと…!」
子供二人と親らしき人が総司と逆の方からやってきて、子供が総司に軽くぶつかった。
総司はわざとらしくよろめき、水でまた地面をぬらす。
僕はため息をついた。
「わかったよゲームはやる。でも鬼じゃなくなったら帰るから」
「うん」
そう言って総司はまた湯のみを自分の口元に持ってきて、やっぱり飲まずに離した。
ここは人がよく通るし、はなれよっか という総司の提案に僕は賛成し、僕らは人けの少ない新撰組の屯所の近くまでやってきた。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ねぇ」
沈黙に耐えられず、まず僕が口を開く。
「僕が鬼なんだよ?早くにげないのかよ」
総司は首を横にふる。「増やし鬼だから僕も鬼だよ」
「はあ?そんなのいつ、どこで、だれが決めたんだよ!」
「今、ここで、僕が決めた。文句ある?」
そういいながら、総司は自分のこしにある刀を左手でなでた。
「べ…別にないけど」
僕は少しだけ後ずさって、総司と距離をおいた。
でもやっぱり総司の言いなりになるのはいやだ。それに…
「僕一人でいい」
「え」
「足だって平気だし、他の子たちはルールの変更のこと知らないと思うからかわいそうだよ」
「でも君にとって好都合だと思うけど」
「いい」
「本当に?」
「鬼は僕一人で十分。総司は鬼になっても役立たずになるだけ。足手まとい」
しまったというときにはもう遅かった。こんなこと言うつもりじゃなかった。
とりあえず総司が刀を抜く前に総司のそばから離れようとしたら、総司の口から意外な言葉が返ってきた。
「鬼になっても足手まとい・・・ね」
さっきまであった微笑が少しだけ壊れた。僕は予想外の展開に頭が追いつかなかった。
「たしかにそうかもしれないな。こんな僕になにができるのだろう」
僕をみつめながら、ううん僕を透して違うものをみつめて総司は呟いた。僕はわけがわからず反射的に謝っていた。けど総司はまた呟く。
「あれを飲んだところで、本当に前までの生活に戻れるのかなあ・・・はは、そんなうまい話、あるわけないのにね」
いったいだれに向けて話しかけているのだろう。総司は時々わけのわからないことを言う、だから苦手なんだ。
「平助が言ってたな。朝と夜が逆転して、月が太陽に見えるって」
「平助・・・!ってあのザリガニの!」
やっと僕のわかる話題につながった。僕は適当に言葉を並べ始める。自分でも何を言っているのかわからなかった。
「あれでしょ!あの・・・おにぎりほしくてついてきてトラになってザリガニがばびゅーんて!」
総司は はっとしてやっと終点がやっと僕に合う。僕の存在なんて忘れていたみたいだ。
「そう・・・へーの平助」