鬼ごっこ 【沖千】
総司はふたたびいつもの微笑にもどった。僕はこのときいつもの微笑は作り物だということに気づいた。
「じゃあ僕もう行くから・・・な」
総司を一人にしたらなんだかこわかったけど、近くにいるほうがもっとこわかったから僕は、自分より年下の子供を捜そうと走ろうとした
そしたら総司がらしくない顔になって
「待ってよ・・・!君そんな足で走っちゃ・・・ゴホッ」
総司は僕を引きとめようとしたかったらしく、手を伸ばしたがその手はすぐに総司の口元にあてられた。いきなり大声をだすからだ。
ぜーぜーと息をきらしながら総司はおちつくのを待った。
「風邪、まだ直ってなかったのかよ。今日は遊ばなきゃ良かったのに。ひどくなる一方だと思うよ」
直ってないことは初めから知ってた。
「はは・・・そうだね・・・。おとなしく寝てればよかっ・・・ゴホッゴホッ」
僕は総司の手から見えるものと、自分の草履を交互にみた
「総司・・・お前本当に風邪・・・?なんかの病気なんじゃ」
「…え?」
総司はおさえていた手を離し僕をみた
「だから風邪じゃなくて病気なんじゃないかって…長すぎる気が…」
実をいうと前から気になってた。
「そうだね今日は風も調度いいくらいに吹いてる」
僕の話をまったく聞いてない。
「違う風じゃなくて風邪!」
「何?君って風邪ひいてるの?大丈夫?」
「──―っ!」
せっかく心配してやってるのに!僕は頭に血が上ってきた。
総司の手を乱暴にぐいっと引っ張って怒鳴りつけた。
「だーかーらぁー!僕じゃなくて総司が風邪を…じゃない、病気なんじゃないかって…だってこれ血だろ?」
ああこれ?って手をまじまじと見つめながらふふふと笑う。何がおかしい。
「朝食べたものが出て来ちゃったみたい」
汚い汚いと言いながら、手をひらひらさせる総司。
次の言葉を僕が言おうとしたら、一人の少女のせいで僕の言葉は切断された。
「沖田さん、こんなところで何をしているんですか?」
桃色の服…しかも男ものだ。
高いところで髪を束ねた少女が総司に近づいた。でもなんで女のくせに男の格好をしてるんだ?
「千鶴ちゃん…どうしてここに?」
一瞬総司が困った顔をしたのは僕の気のせいだろうか?
千鶴は僕の存在に気づくと、にこっと微笑み、それから総司の方に向き直る。
「私は父様を探していました。さっきまで原田さんも一緒で…沖田さんは、子どもたちの相手を…?」
違う僕らが…言おうと思ったが黙っておいた。
「うんまあ…千鶴ちゃんもあそぶ?」総司はにやにやしながら尋ねる。
少しだけ嬉しそうだ。千鶴はとまどっていたけど。
それから僕の方を見て、何してあそんでたの?と僕の目の高さに合うようにしゃがんで尋ねた。
まっすぐ目を見つめて。すごく綺麗な瞳だった。子ども扱いされたのが少しだけ気に入らなかったが僕は答えてやった。
「鬼ごっこだよ」
それん聞いた瞬間千鶴の瞳が大きく揺れたのが僕にはわかった。
千鶴はすぐに立ち上がると、総司のほうに何かいいたげな目をして呟いた
「…沖田さん…」
言いたいのに言えなくて、もどかしいような瞳、やっとの思いで振り絞った言葉だった。千鶴はこの後に言葉を続けるのか迷っているみたいだった。言いたければ言えばいいのに。
長い沈黙。僕は目の高さくらいまで太陽が西に傾いていることに気づいた。
「もう夕方だから帰ろうよ」
やっぱりはじめに口を開いたのは僕。総司は、そうだねと言った。
すると向こうの方から僕より年下の子ども達がかけてきた。
なにしてんのそーじー また休んでたんでしょ! ずるーい 子ども達は口々に総司のまわりを囲って、服を引っ張ったり。千鶴と僕ははじのほうに押しのけられた。
「沖田さんは人気者なんですね」
夕日で髪が赤く染まり、まつげの先がきらきら光って見えた。
それから僕の方をじっと見た
「あの…あなたにお願いがあるんです…」
「?」
千鶴の顔がこちらに向くと顔に影ができて上手く表情がよみとれない。でも真剣な目をしていた。僕を一人の大人として見るような。
「沖田さんが遊ぶのは…だるまさんが転んだとかにしてほしいの…」
自分が言えることじゃないということをわかっているのだろう。僕は口を開かず頷くことしかできなかった。
総司と遊べなくなるのは嫌だもの。
「じゃーねーそうじー!」
僕より年下の子ども達は総司にさよならをした。僕も子ども達の後を追おうと総司と千鶴に背をむけようとした時、不意に僕の腕を総司につかまれた。
「ごめん千鶴ちゃん。この子と少し話があるから先に行っててくれる?」
千鶴は少し考えたが、はい と言って僕らに背を向けた。
話って? と、僕が訪ねる前に総司が口を開く
「さっき、千鶴ちゃんと何話してたの?」
なんだそんなことか
「別に…総司には関係のない話だよ」
ふうん? と僕を探るように見てくる。にやにやすんな。
「僕、君に頼みがあるんだ。聞いてくれる?」
拒否権はないのだろう。下をみると草履についた血が砂で薄くなってた。
「あの子に今日僕が吐いたこと言わないでほしいんだ」
「はあ?」
「だってあの子が作った朝食だったのに僕が吐いたことを知ったら傷つくでしょう?」
あんたは子ども達と一緒に昼食を食べなかったか?
僕は総司の刀をちらっと見て、うんわかった と言った。
総司はそれをみると、いい子だね と僕の頭を撫でた。不思議と嫌じゃなかった。
話すことがなかったから僕がどうでもいい話をした。今考えてみれば、もう少し長く話していたかったんだと思う。
「総司は、あのお姉さんがこわいの?それとも苦手なの?」
「別にこわくはないけど…苦手でもないかなあ。まあある意味こわいし苦手かもしれないけど」
相変わらずわけのわからないことを言いながら、総司は遠くでまっている千鶴をちらっとみた。
「総司が本当にこわいものってなに?」僕が尋ねると
「どうしてそんなこと聞くの?」質問を質問で返される。
「総司の弱みをにぎるため」
我ながらこどもっぽい理由を言ってしまった。それを総司は馬鹿にせず答えてくれた。
「そうだね…」
風が吹いて、総司は遠くを見るように目を細めた。なんだか悲しげな瞳だった。
「…僕は、明日が…こわい」
「え」
総司は僕をくるっとまわし、背をむけさせて背中をぽんっと押した。振り返ると
「じゃあまた明日 あそんでね」
大きく手をふって笑ってた
大人ってめんどくさい 僕は思った
今日あった出来事は心の中にしまって忘れることにしよう。
遠くで総司が千鶴の背中をぽんっとたたいていたのが見えた
その日から、もう二度と総司は僕らの前に現れることはなかった。