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つむぎゆくもの

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気づけば、何も変わらない日常へと舞い戻っていた。
それが美鶴の幻界から帰って来たときの正直な気持ちだった。
そう、何も、変わっていない。
あれほど願い、望み、何もかもを捨ててまで叶えたかったものは叶わなかった。
あんな幼いままその命を散らした妹も、その存在が当たり前だった両親も、戻ってはこなかった。

どこで間違ったんだろう。
死を目前にしたその時、ミツルはそう呟いた。
自らが幻界へと導き、同じ"旅人"となった同級生を前にして、そう呟いた。
その"旅人"は黒い瞳をこれでもかと言わんばかりに潤ませて、目を真っ赤にしてぼろぼろと涙を零していた。
死に至るほどの怪我を負ったミツルから見ても、無事とは言えない格好をして、苦しそうに悔しそうに、いやだ、いなくならないで、と全身で叫んでいた。
何をそんなに悲しんでいるんだろう、ミツルはそう思った。
誰にも何も残さない、残さなくていい、必要ない、願いのためなら誰を傷つけても誰が傷ついてもいい。自分だってどうなってもいいんだ。
そう思って幻界を旅した自分が死ぬことの、何が悲しいのだろうと。恨まれこそすれ、悲しむ者など誰もいないはずなのに。
そう思って、ああ、これが違うのか、とミツルは思った。
同じ現世に生れ落ちて、似た運命に翻弄されて、異なっていたはずで同じだった幻界を旅した、このお人好しと、自分との違い。
そう考えれば、自分が何を間違っていたのか、ぼんやりと分かる気がした。
これまで、どうしても認めたくはなかった様々なことが、もういいか、とかすかな諦観と共に受け入れられて、ミツルは苦笑した。
身体はとうの昔に冷え切っていて、熱はといえば、目の前の"旅人"に握り締められて絡めとられた指先と、頬に当てられた掌だけだ。
震える指先で頬を撫でられれば、それを追うように"旅人"の涙がミツルの頬に落ちる。本当におせっかいでお人好しだとミツルは思う。
祈りの言葉も、懺悔の言葉も、必要ないものかもしれなかったけれど、静かにミツルは頷いて、光に導かれた。
それで終わらないと知っていたけれど、終わればいいと思ったことは否定できない。
そして、やはり物語が終わるはずもなかったのだ。



◆◇◆



ホームルームが終わると、大抵のクラスからはバタバタと鞄を引っつかんで帰っていく生徒がいる。
このクラスも例外に漏れず、数人の生徒が、教師の帰りの挨拶とほぼ同時に駆けて行った。
そんな教え子を苦笑して見送った教師も教室を出て行く。そうするとすぐに教室は学び舎から雑談の場所へと変わる。
美鶴は、すでに見慣れてしまったその光景を見るともなしに見ながら、教科書を鞄につめる。
叔母について転校してから、もう数日が経った。
クラスメイトたちは、その数日で美鶴が大体どういう人物なのかを把握したらしく、積極的に話しかけてくるものはあまりいない。
もっとも、数名の女子は恥ずかしそうに顔を赤らめながら美鶴の方をちらちらと見ているのだが。
美鶴はその視線に気づきながらも気にはとめず、帰り支度を進める。
急ぐつもりもないが、残る理由もなかった。
鞄をしめて、ふと美鶴は校庭を見下ろす。三階にある教室からは意外と眺めのいい光景が広がっている。
クラスの同級生の行動がどこであっても似ているように、校庭もどこの学校でも大して変わらない。
競技用のトラック、いくつかの色のはがれかけた遊具、体育用倉庫。
大して変わらないのに、美鶴の目にはやはり違うものに映る。本当に違うのだから、当然のことだ。
視線を向けたときと同じように、何事もなかったかのように視線をそらすと、美鶴は鞄を片手に立ち上がる。

「あ、あのっ、芦川くんっ」

震えながらのか細い声が美鶴の耳に届く。
無視するわけにもいかなくて振り返れば、クラスメイトの女子が顔を真っ赤にして立っていた。
ふわりと広がるピンクのスカートは可愛らしく、その両手は哀れなほどに握り締められていて、少女の緊張を表している。
けれど美鶴は気にした素振りも見せず、その色素の薄い髪をゆらして、なに?と一言答えた。

「あの、あのね、私の家、芦川くんの家と近い、の。だから、一緒に、帰らない?」

またか、と美鶴は思った。
自分の容姿がある程度整ったものであることは、美鶴も自覚している。
以前に転校したときにも、また、その前の学校でもよくあることだった。
他の男子からしてみれば羨ましいのかもしれないが、美鶴にとってはうっとうしいだけでもあった。
美鶴は元々、自分の世界にずけずけと入ってくる者を好まない。そこは美鶴だけの世界であり、もしくは入ることが許された僅かな者で構成された世界である。
誰しもそのような世界を持っているだろうに、そこに無邪気な悪意ない顔をして、したたかに侵入しようとするこういう生き物を、美鶴は嫌悪する。
第一、住所など話したこともないのにどうやって調べたのだと、そう思う。
そして、声を振り絞って話す女子の背後から、応援でもしているつもりなのか、見ていないふりをしながら見ている他の女子の存在も気に入らない。
美鶴は鞄を抱えなおすと、いつも通りの台詞を口にした。

「用事があるから」

そこには悪いと思っている様子も、謝罪の言葉もない。
女子が泣きそうに顔を歪ませると同時に、背後の女子は怒りを表したが、美鶴はやはり気にとめない。
用は終わったとばかりに教室を出ようとして、もう一度かけられた言葉には、仕方なく緩慢に振り返って答えた。

「どこに行くかなんて、関係ないだろ?」



◆◇◆



学校を出る頃には、もう日が暮れようとしていた。
下校を促す放送が流れる校庭には、ほとんど人影もなく、体育館からは部活の片付けに勤しむ生徒の掛け声が漏れ聞えている。
結局面倒になって学校内の図書室に籠もっていたために、こんな時間になってしまった。
美鶴は軽く息をついて家路に着く。
一度ならず、家をつきとめようと付きまとわれたことがあるため、用心してのことだったが、面倒なことに変わりはない。
どうせ叔母は仕事で帰るのは遅く、美鶴を家で心配して待つ者などいないのだから、早く帰ろうと遅く帰ろうとそれも変わりない。
誰も、待つ者など、いないのだから。

角を曲がって、まだ少し不慣れな通学路を歩く。
夕闇の迫る道路には誰も居ない、美鶴の足音しかない、…はずだった。
ばたばたと道路を走る足音がして、普段なら気にも留めないのに、何故か気になって美鶴はちら、と視線だけを向けた。
先ほど曲がった角の向こう。その先には先ほど後にした学校しかない。
何か忘れ物した生徒でもいたのだろうか、そう思って視線を外そうとしたその時に。
曲がった角の向こうを走り抜けた人影。

「…っ!」

息を呑んだ。
よく、見知った人影だった。それは、この現世での服を着ていて、美鶴にはそれよりも、笑ってしまうようなお人好しの勇者としての服を着た彼の方が馴染みが深かったけれど。
彼がおそらく、美鶴の魔導士の姿の方が、馴染みが深いのと同じように。
…忘れていた、わけではない。彼は望みを叶えて、この現世に帰って来たのだから。
作品名:つむぎゆくもの 作家名:あめ