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いつか

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『いつか』









「もういっかい!もういっかいだ、行くぞ、リル!」

叫んだユートの振りかざす槍が、白く閃く。
その鈍いフォトンの軌跡を見据えながら、リルは苦く口角を吊り上げるしか無かった。



惑星パルムの草原地帯である。原生生物討伐の任を無事終えてからすぐに帰還せず、そのまま引き続き鍛錬が始まるのは最近の常であった。
兄のように強くなる事、それだけを真直ぐに目指すユートのやや強引な望みによって。

「ユート、あんた、ちゃんとフォトン出力は切り替えてるんでしょうねー?」

手近な岩に腰を下ろしたエミリアが声を掛ける。
そちらに眼を向けず、ユートは大きな叫び声でもって応えた。

「おお!」
「いくらリルが相手だからって、トレーニングモード以外じゃまずいからね!」
「わかってるって!」

散歩が嬉しくて走り出さずにはおれないイヌのようだ。本当に判っているのだろうかと、エミリアは頬杖で嘆息する。以前一度、通常出力のままやらかした事が実際にあるのだ。
その時は事無きを経たが、相手がいくらリルとはいえ、間違いが無いとは言い切れない。ユートはこと、強くなるという事になると、普段から然程広くない視界が更に極端に狭窄してしまう。余所からの声も耳に入らない。エミリアはそれを懸念しているのだが。

対するリルは。双手剣、ツインセイバーでユートの切っ先を右へ左へといなしている。ユートは加減などしない質なので、全力の打ち込みと突き込みが絶えず飛んでくるのだが、リルは軸足を踏んだまま。舞のようにも見える所作で槍先を横から打ち、勢いを殺していた。

「く、そ」

素直に焦りが現れる。そのユートを見遣り、リルは左腕を軽く振った。

「もっと力の使い方を考えろ。
 ただただ全力で打ち込んだって、無駄に疲れてくだけだろう」
「つかいかた、ってなんだよ!」
「こないだも言っただろうが……
 相手も生きてる、思考があるんだ、それを読めって」

リルの言葉に、ユートの槍が停止した。眼がおろおろと下を向いてしまう。傍から聞いているエミリアにはリルの言いたい事が判るのだが、カーシュ族の中でのみ今まで暮らしてきたユートには少し難し過ぎる講義だろう。

「しこうを、よむ…………」

戸惑うユートに、リルは小首を傾けた。
リルとて今までずっと、何処にも属さずに傭兵をしてきたのである。当然人に何かを教えた事など無かった。こうして、多人数の中で暮らす事も。だから、言葉の選別や他人との距離に困惑する事がよくある。尤も社長のウルスラを始めとした他からの評価は、どうやらリルの自己分析とは随分と違ったもののようなのだが。

「相手ならどう避けるか、どう来るか、って事よ。
 相手だって人形じゃないんだもん、生きてるものと戦うんだから。
 それを考えながら戦わなきゃ、そりゃ相手だってあんたの攻撃に慣れて、
 見切っちゃうかも知れないじゃない。
 なのに、ずっと全力で打ち込むばっかりじゃ、あんたの体力も続かないって事。
 そうでしょ?せんせい」

エミリアの助け船に、リルは少し笑って肩を竦めた。

「、そう、だな、判るか?ユート」
「……うー………、何となく、判るけど…………けど、
 実際にどうしたらいいのかは、わからない」
「具体的にどうしたらいいのか、か。
 そうだな…………、
 本格的に次の手を読むとなると実戦でしか身に付かない部分だから、
 お前の場合はとにかく、まず緩急をつけるところからかな」
「……リル、お前の言う事、難しい」
「、……悪い。
 ええっと、強弱、って言ったら判るか?
 弱めに打っていって、ここぞという時に強く打ち込むとか、そういう事」
「!なるほど!」

ようやく脳に理解が到達したらしく、ユートがいきなり笑顔になった。
似た黒い色の髪をしているし、こうして顔を突き合わせていると何となく兄弟のようだとエミリアは思った。リルはあまり口数の多い質では無いが、とっつきにくいというわけではないし、こうして面倒見も悪くはない。ユートもリルの腕前をとても認めている。ユートが外の世界に慣れる事、知識を深めていく事、それは喜ばしい事だと思う。

「よし、もう一度、行くぞ!」
「やってみろ」

大振りなユートの槍が空気を斬って唸る。両の手の剣を握り直し、リルが構えをとった。
フォトン同士がぶつかって、ぶおん、と鈍い音が響く。
助言を得たユートの動きは先刻よりも良くなった。
元々潜在的な戦闘能力はとても高いのだ、自分なりに理解出来れば成長も早いのだろう。まず浅く首許へ打ち掛かり、、防がせたところで一気に引いて、胴を突く。相変わらずリルの軸足は動かないが、それでも受けるリルの唇に笑みが見えた。教えている以上、成果が見えれば嬉しいに違いない。

「…………」

ぼんやりと、エミリアの視線はリルの動きを追っている。
リルは、強い。
こうして戦闘に詳しくない己の眼から見てもはっきりと判る程、強い。今まで何処とも専属契約を結んだ事が無かったらしいと、クラウチが言っていた。契約を結んでいるなら、自分から何もしなくてもある程度は依頼が受けられる。報酬を得られる。
けれど、その庇護が無いとなれば、仕事をひとつ得るのも苦労するのではないのだろうか。企業とて、わざわざ腕の良くない外の傭兵に依頼を任せる意味は無い。己の擁する傭兵たちにでは無く、それ以外のものに任せるというのなら。それなら、余程、強くなければ。
そう、強くなければ、契約をしないまま傭兵を続ける事はとても難しい事なのだ。だから、そうして生きてきたというリルは、やはりとても強いのだろう。
実際にリルは強いし、その予測も恐らく事実だろう。
しかし。
エミリアは、それらを、リルの口から直接聞いた事が無い。リルという、会ったばかりだったというのにエミリアの生命を救った男が、今までどうやって生きてきたのかを、エミリアは知らないのだ。自分から話すような質でない事は判っている。知りたいなら訊ねなければ。己の事もきちんと話していないというのに、相手の事を知りたくて堪らない。そんな己の身勝手を内心笑いながら思う。
もしも、己が訊ねれば、リルは、話してくれるのだろうか。

「やった、リルの身体、動いたぞ!」

ユートの歓声が聞こえる。見ると、膝丈ブーツを履いたリルの足の、向きが変わっていた。

「動きは、良くなった。
 そのまま頑張っていくといい。
 でも、俺を動かしたくらいで喜ぶようじゃ、な…………
 もっと目標を大きく持てよ、ユート」
「言われなくても!僕はお前を倒すぞ!」
「よく言った」

意気込むユートを眺め、リルが淡く笑っている。エミリアはそれを見詰めながら、己の腹にむくむくと黒い煙のようなものが沸き上がるのを感じていた。
リトルウイング所属になり、パートナーになっても、しばらくは、ほとんど笑ったりなどしなかったのに、とか。今でも己に対してあんな笑みは滅多に見せないのに、とか。
ユートがリルに懐く事は喜ばしい事だ、そう思うのは本当。しかし反面、そう思えない部分も確かに、あるのだ。
作品名:いつか 作家名:あや