いつか
なら、次に、力を全部込めていくわよ、いい?次が最後よ」
同じく呼吸を乱しながら、ユートは頷いた。頬に土がついている。
「せんせいが有り難く、同時でもいいって折角言ってくれてんだから、甘えていこ。
じゃないと無理だし。
言われてた連続攻撃、何となく組み立てられるわよね?」
「うん」
「よね、あたしも組み立てていくから、それを左右から同時に仕掛けるの。
でも、テンポを変えて。判る?」
「テンポ?」
「うん、何て言うかな、
たとえば一撃め、二撃め、ってすぐ繰り出していくんじゃなくて、一拍置くのよ。
あたしの方もずらすから。
そうしたらタイミングがずれて、緩急つけられるわ。
それを同時にやれれば、なんとか…………」
あまり自信は無かったが、仕方が無い。出来得る範囲で組める作戦はそう多くないのだ。
「なるほど……エミリア、頭いいな」
「ありがと、けどあたしは力が無いから牽制程度にしかなんないだろうし、
ほとんどあんたが頼りだから!」
「任せとけ!」
薄い微笑を湛えたまま、リルは剣をくるりと弄んでいる。
「作戦は、決まったか?」
「そうね、お陰さまで。これで決めるわよ」
「そうか、じゃあ、来い」
疲弊する腕を奮い立たせ、エミリアは一声合図をかけた。
ユートとエミリアがリル目掛けて走り出す。リルとの距離が詰まれば、もう脳裏から余計な思考が消えていた。
視界の左下あたりにユートの閃光が見える。そこにぶつかる、青い光。リルのフォトン。
受けられてすぐにユートは槍を引いたが、力を溜めるようにして一拍置き、二撃目をすぐには放たなかった。
さすが、飲み込み早いわ
それを見、エミリアは鋭く突いた。そしてそれが流される前に早々退き、半身を捻ってもう一度。流される。一切の音が消え去り、己の鼓動が恐ろしく強く打った。
強めに打てばまともに受けずリルは流すであろうと予測していたのが、当たった。するりと刃の横を触れ合わせるようにして軌道を変えさせ、勢いを他へ放してしまうのである。己は然程疲労せずに受け流す、それは恐らく、とても効率の良い避け方なのだろう。
しかし今、エミリアはそれを事前に予測していた。それがまんまと当たった。知っていること。その差はとても、大きかった。
予測出来ていた分、かわされた軌道の修正が最小限で済む。力を込め直さなくて済む。流された反動に余力全てを乗せて、エミリアは再び大きく振りかぶった。そのさまが、少し驚いたようなリルの黄金色の虹彩に映り込む。
その間にユートの二撃めが来る。一拍置いて力を乗せた分、重い。半瞬差で襲いかかるエミリアの切っ先。
薙ぐリルの口許から微笑が立ち消えた。
いける
ユートもそう思ったろう。ふたりは残った力全てを一撃に注ぎ込んだ。
その時。
剣を振り下ろすまでの刹那。
突然、リルの両の拳が光輝いた。エミリアに見えたのはそれだけだった。
何の光だったろう。
確かに見覚えのある光だったのだが、ただただ真白の脳には何も思い出す事は出来なかった。
リルの光を見たと思った、その次の瞬間、不思議な浮遊感に襲われ。
気がつけば生い茂った草叢の中に倒れていた。
「……………………」
一体、どうなったのだろう。
己はあの時確かに剣を振り上げ、思い切り打ち下ろした。渾身の力をもって。それから。それから?
剣は果たしてリルに届いたのだろうか?
リルは?ユートは?
いやに尻と腰のあたりが痛む。それを擦りながらエミリアは何とか立ち上がろうとした。そこにがさりと、草をかき分けてくる人影がある。
「、リル、?」
逆光に眼を細めて呼びかけると、人影は酷く申し訳無さげに肩を竦めた。
「ごめん」
「え?」
手を引かれて、身体を抱えられる。
「鋼拳なんて、全く使うつもり、無かったんだけどなあ……」
リルはそう呟いて。
「ユートも回収しに行かないと」
ユートはといえば。エミリアの倒れていた草叢から大分離れた草原の上で、大の字にのびていた。
結局のところ。
リルは、あの時、瞬時に双手剣から鋼拳に持ち替えたらしかった。ふたりには何が起こったのか全く判らなかったから、当人の口からの伝聞なのだが。
鋼拳といえばリルのいつも使っている武器である。囲まれた時には槍か長剣を、大物に対峙する時には鋼拳を使う。それがリルの常である。
「身体が勝手に動いたっつったってさ、それずるいじゃんねー。
ひどいわよ、自分の得意な武器に持ち替えちゃうなんてさ。
そう思うでしょ、ユートだって」
お詫びとして勝負を反故にし、食事代をもっているリルが苦笑した。
「ずるいかずるくないのかは判断しづらいが……
まあ、うん、悪かった、って」
見た事があると思ったあの光は、持ち替えた武器が発現する時の光だったのかとエミリアは納得していた。そのエミリアの隣で、ユートは腕組をして唸っている。
「どしたのユート?あんたのだいすきなプリンだよ?食べないの?」
「だって僕、勝ってない。
勝ってないのに、これは、食べられない」
「んまー、律儀なこと…………じゃあ、これはあたしが貰っちゃっていいのよね?」
「うっ」
「いいよユート、食ってくれ、吹き飛ばしてしまった詫びだから」
「う、ううう」
エミリアは笑いながら、耐えるユートのプリンをひとくち食べてやった。
そして思う。或る意味、これは勝利なのだろうと。ユート相手の時はろくに動く事さえ無かったリルに、武器を替えさせる事が出来たのだ。一瞬であっても、本気にさせられたのだと思ってもいいのだろう。それだけでもエミリアは嬉しかった。
たとえ、半無意識に武器を持ち替えたはしたが、エミリアの身を考慮してわざわざ草叢の方へ飛ばすくらいの余裕が、リルにあったとしても。
「リル的には、あたしに声かけたのは失敗だったんじゃないの?
ふたりがかりでも俺は負けねえ、って思ってたのにこんな結果になっちゃってさ」
新しく注文した洋梨のタルトにフォークを刺しながら、エミリアがリルを小突くと。熱い茶を飲んでいたリルは首を傾けた。
「別に、自信が有り余ってたからお前を呼んだってわけじゃない」
「え?そうなの?ユートひとりじゃ物足りねえ!とかじゃなかったの?」
「…………俺ってそんな感じか?」
「いやあ……だってあんた、強いからさあ……
じゃあなんでわざわざあたしに声かけたの?」
「あれは、」
思い出すように、リルは少し遠くに視線を投げる。
「単に……何となく、声を掛けて欲しそうに、見えたから」
違ったんなら、悪かったな
そう言って、エミリアを見詰める。
「何か、言いたい事があるような気がしたから。俺に。
もしあるなら、聞くけど」
リルの黄金色の眼が、大して感情も浮かんではいないのにも関わらず、エミリアには何処か妙にやさしく見える。もし己の中身を見通されようと、今はおそろしくはない。
「……………………うん、そうね、あるけど、また今度にするわ」
リルが瞬く。
「今度?」
「うん、あたしがもうちょっと、あたしに認められるような立派なやつになれたら。
そしたら訊くからあんた、答えてくれる?」