「おやすみの歌」書いてみた。
「おやすみの歌」書いてみた。
朝食の後、リビングを出ようとして、ふと足を止めた。
父のつけたテレビで、最近人気の出てきたピアニストが、インタビューを受けている。
小柄な彼女の隣に、背の高い、青い髪の男性が立っていた。
・・・・・・?
何処か見覚えのある顔。青い髪、青い目。青いマフラー、白いコート。
「あ・・・VOCALOID」
やっと思い出して、思わず口に出す。
そうだ。
彼女が、青い髪の男性VOCALOIDと一緒に連弾している姿を、ニュースで見たことがあった。
「今時は、VOCALOIDをパートナーに選ぶのが、当たり前になってきたな」
父の言葉に、僕は曖昧に頷いた。
VOCALOIDは、歌う為のアンドロイド。
人と違って、コンディションが狂うことはない。
入力された音を、言葉を、正確に再現する楽器。
テレビの中で、ピアニストがVOCALOIDとともにピアノの前に座り、連弾を始めた。
「ほう」と、父が感心したような声を出す。
「上手いもんだ。VOCALOIDでも、教えればピアノを弾けるんだな」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・僕なら、もっと上手く弾けるのに。
「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
苛々した気分を無理矢理追いやって、母に声を掛けると、僕は学校に向かった。
「あ、ミクだ」
学校からの帰り道。友人の声に、示された方を向けば、そこには、男の人と、緑色の髪をした女の子が歩いている。
「ミク・・・ミクって、VOCALOIDだっけ?」
「そうそう。すげーな、俺、生で見るの初めてだ」
僕も、実際に見るのは初めてだ。
「すごいね。本物の人間みたい」
「いいなー。俺もミク欲しいけど、とてもじゃないけど、アンドロイド型は無理だー」
ミクは、隣の男の人と、何か話している。
笑った顔は、どう見ても人間そのものだ。
「あの人が、マスターなのかな?」
「ん?ああ、だろうな」
ということは、あの人が、ミクを歌わせるのだろうか。
まるで、人間のように。
「ミク可愛いなー。欲しいなー。あんな子に、傍にいてほしいなー」
「ふーん」
友人は、僕の顔を覗き込むと、
「あれ?お前、ミクに興味ないの?ひょっとして、メイコ派?」
「僕は、別に」
「えー、お前、年上が趣味なのかよ?」
「だから、そういうことじゃ」
「へー、意外だなー。あ、でも、俺も、メイコの乳には、惹かれるものがあるな」
勝手に納得している友人に、何を言っても無駄だろうと、曖昧に頷く。
ミクとかメイコが問題なんじゃなくて。
VOCALOID自体に、興味がない。
欲しいとも思わない。
僕の方が、上手に弾けるから・・・。
鍵盤の上に指を走らせ、思い描く音を探る。
ここは、柔らかく響かせて。
音を途切れさせず、流れるように。
ここで転調。
弾むように。一つ一つの音を、はっきりと。
・・・・・・・・。
「ん・・・違ったかな?」
僕は手を止めると、ピアノの前を離れる。
ヘッドホンをつけ、リモコンを操作すると、耳元に流れるピアノの音。
ああ、大丈夫。
間違っていない。
ほっと胸をなでおろすと、もう一度ピアノの前に座った。
聞いたばかりの音色を思い返し、鍵盤に指を置く。
今度こそ、間違えないように。
ノックの音に顔を上げると、母が立っていた。
「お茶を入れたから、少し休憩しない?」
「あ、うん。ありがとう」
僕は立ち上がり、母からお盆を受け取ろうとしたが、
「いいから。もしひっくり返して、火傷でもしたら、大変でしょう?」
そう言って、母は、お盆をローテーブルに置く。
「・・・はい」
湯気の立った紅茶とチョコレートが、一人分。
「・・・母さんも、一緒にどう?」
僕の言葉に、母は、笑いながら首を振って、
「お母さん、出かけなくちゃいけないから。留守番、よろしくね」
・・・・・・・・・・。
「はい」
「練習、頑張ってね。コンクールはもうすぐだし、あなたなら優勝できるって、お母さん、信じてるから」
「・・・はい」
母が出て行った後、僕は、ヘッドホンをつける。
もう一度、聞きなおそう。
もっと、完璧な演奏ができるように。
もっと上を目指して。
もっと。
もっと。
何時からか、聞いたことのない曲は、弾けなくなっていた。
一度でも聞けば、それを手本にすることができる。
けれど、知らない曲は、弾けない。
ピアノを習い始めた頃、先生から、「この子は耳がいい」と褒められた。
それを聞いた父と母は、大袈裟なくらい喜んでくれて。
そんな両親を見て、とても嬉しかった。
コンクールで上位にいけば、両親は喜んでくれる。
僕には、それが嬉しかった。
だから、もっと上を。
ミスのない演奏を。
豊かな表現力を。
もっと上を。
もっと。
もっと。
コンクール当日。
大勢の聴衆よりも。
審査委員よりも。
観客席にいる母の視線が、気になった。
ミスをしてはいけない。
演奏は完璧でなければいけない。
コンクールで優勝することが、両親の望み。
だから、誰よりも完璧に。
「今度こそ、大丈夫だと思ったんだけど。一体、何がいけなかったのかしら?」
母が溜め息をつく度に、息が苦しくなる。
「こんな結果、お父さんに報告できないわね。本当に楽しみにしていたのに」
「・・・ごめんなさい」
それしか言えなかった。
何を言っても、母は聞いていないのだから。
「急なお仕事で、来れなくなったのは、不幸中の幸いだったわね。お父さんがいたら、大変な騒ぎだったわよ」
「・・・ごめんなさい。次は、頑張ります」
母は、盛大な溜め息をつくと、
「お母さん、その言葉は、聞き飽きたわ」
「・・・・・・・・・」
結果は、二位。
審査員の間でも、評価が分かれたのだと、ピアノの先生がこっそり教えてくれた。
『今回は惜しかったけれど、君の実力は本物だから。今回は、不運だっただけだよ』
そんな言葉は、聞きたくない。
優勝出来なければ、意味がないのだから。
家に戻り、すぐピアノに向かう。
何がいけなかったのだろう?
ミスはなかった。
表現力?完璧だったはずなのに。
完璧に、再現したはずなのに。
足りない。
何が足りない?
とにかく、上を。
もっと上を。
コンクールから数日後。
何時ものように練習をしていたら、母が入ってきて、父が呼んでいると言われた。
リビングに行くと、父がソファーに座って、手招きしている。
僕が、父の前に立つと、いきなり、
「お前の為に、VOCALOIDを注文したから」
・・・・・・・・・え?
「そいつにピアノを教えて、連弾でコンクールに出なさい。お前には、連弾が向いているだろうと、先生も仰っていた」
・・・・・・・・・。
「分かったな?」
「・・・はい」
僕が頷くと、父は満足げに、
「それだけだ。では、練習に戻りなさい」
「はい」
僕がリビングを出ようとすると、後ろから父の声がした。
朝食の後、リビングを出ようとして、ふと足を止めた。
父のつけたテレビで、最近人気の出てきたピアニストが、インタビューを受けている。
小柄な彼女の隣に、背の高い、青い髪の男性が立っていた。
・・・・・・?
何処か見覚えのある顔。青い髪、青い目。青いマフラー、白いコート。
「あ・・・VOCALOID」
やっと思い出して、思わず口に出す。
そうだ。
彼女が、青い髪の男性VOCALOIDと一緒に連弾している姿を、ニュースで見たことがあった。
「今時は、VOCALOIDをパートナーに選ぶのが、当たり前になってきたな」
父の言葉に、僕は曖昧に頷いた。
VOCALOIDは、歌う為のアンドロイド。
人と違って、コンディションが狂うことはない。
入力された音を、言葉を、正確に再現する楽器。
テレビの中で、ピアニストがVOCALOIDとともにピアノの前に座り、連弾を始めた。
「ほう」と、父が感心したような声を出す。
「上手いもんだ。VOCALOIDでも、教えればピアノを弾けるんだな」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・僕なら、もっと上手く弾けるのに。
「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
苛々した気分を無理矢理追いやって、母に声を掛けると、僕は学校に向かった。
「あ、ミクだ」
学校からの帰り道。友人の声に、示された方を向けば、そこには、男の人と、緑色の髪をした女の子が歩いている。
「ミク・・・ミクって、VOCALOIDだっけ?」
「そうそう。すげーな、俺、生で見るの初めてだ」
僕も、実際に見るのは初めてだ。
「すごいね。本物の人間みたい」
「いいなー。俺もミク欲しいけど、とてもじゃないけど、アンドロイド型は無理だー」
ミクは、隣の男の人と、何か話している。
笑った顔は、どう見ても人間そのものだ。
「あの人が、マスターなのかな?」
「ん?ああ、だろうな」
ということは、あの人が、ミクを歌わせるのだろうか。
まるで、人間のように。
「ミク可愛いなー。欲しいなー。あんな子に、傍にいてほしいなー」
「ふーん」
友人は、僕の顔を覗き込むと、
「あれ?お前、ミクに興味ないの?ひょっとして、メイコ派?」
「僕は、別に」
「えー、お前、年上が趣味なのかよ?」
「だから、そういうことじゃ」
「へー、意外だなー。あ、でも、俺も、メイコの乳には、惹かれるものがあるな」
勝手に納得している友人に、何を言っても無駄だろうと、曖昧に頷く。
ミクとかメイコが問題なんじゃなくて。
VOCALOID自体に、興味がない。
欲しいとも思わない。
僕の方が、上手に弾けるから・・・。
鍵盤の上に指を走らせ、思い描く音を探る。
ここは、柔らかく響かせて。
音を途切れさせず、流れるように。
ここで転調。
弾むように。一つ一つの音を、はっきりと。
・・・・・・・・。
「ん・・・違ったかな?」
僕は手を止めると、ピアノの前を離れる。
ヘッドホンをつけ、リモコンを操作すると、耳元に流れるピアノの音。
ああ、大丈夫。
間違っていない。
ほっと胸をなでおろすと、もう一度ピアノの前に座った。
聞いたばかりの音色を思い返し、鍵盤に指を置く。
今度こそ、間違えないように。
ノックの音に顔を上げると、母が立っていた。
「お茶を入れたから、少し休憩しない?」
「あ、うん。ありがとう」
僕は立ち上がり、母からお盆を受け取ろうとしたが、
「いいから。もしひっくり返して、火傷でもしたら、大変でしょう?」
そう言って、母は、お盆をローテーブルに置く。
「・・・はい」
湯気の立った紅茶とチョコレートが、一人分。
「・・・母さんも、一緒にどう?」
僕の言葉に、母は、笑いながら首を振って、
「お母さん、出かけなくちゃいけないから。留守番、よろしくね」
・・・・・・・・・・。
「はい」
「練習、頑張ってね。コンクールはもうすぐだし、あなたなら優勝できるって、お母さん、信じてるから」
「・・・はい」
母が出て行った後、僕は、ヘッドホンをつける。
もう一度、聞きなおそう。
もっと、完璧な演奏ができるように。
もっと上を目指して。
もっと。
もっと。
何時からか、聞いたことのない曲は、弾けなくなっていた。
一度でも聞けば、それを手本にすることができる。
けれど、知らない曲は、弾けない。
ピアノを習い始めた頃、先生から、「この子は耳がいい」と褒められた。
それを聞いた父と母は、大袈裟なくらい喜んでくれて。
そんな両親を見て、とても嬉しかった。
コンクールで上位にいけば、両親は喜んでくれる。
僕には、それが嬉しかった。
だから、もっと上を。
ミスのない演奏を。
豊かな表現力を。
もっと上を。
もっと。
もっと。
コンクール当日。
大勢の聴衆よりも。
審査委員よりも。
観客席にいる母の視線が、気になった。
ミスをしてはいけない。
演奏は完璧でなければいけない。
コンクールで優勝することが、両親の望み。
だから、誰よりも完璧に。
「今度こそ、大丈夫だと思ったんだけど。一体、何がいけなかったのかしら?」
母が溜め息をつく度に、息が苦しくなる。
「こんな結果、お父さんに報告できないわね。本当に楽しみにしていたのに」
「・・・ごめんなさい」
それしか言えなかった。
何を言っても、母は聞いていないのだから。
「急なお仕事で、来れなくなったのは、不幸中の幸いだったわね。お父さんがいたら、大変な騒ぎだったわよ」
「・・・ごめんなさい。次は、頑張ります」
母は、盛大な溜め息をつくと、
「お母さん、その言葉は、聞き飽きたわ」
「・・・・・・・・・」
結果は、二位。
審査員の間でも、評価が分かれたのだと、ピアノの先生がこっそり教えてくれた。
『今回は惜しかったけれど、君の実力は本物だから。今回は、不運だっただけだよ』
そんな言葉は、聞きたくない。
優勝出来なければ、意味がないのだから。
家に戻り、すぐピアノに向かう。
何がいけなかったのだろう?
ミスはなかった。
表現力?完璧だったはずなのに。
完璧に、再現したはずなのに。
足りない。
何が足りない?
とにかく、上を。
もっと上を。
コンクールから数日後。
何時ものように練習をしていたら、母が入ってきて、父が呼んでいると言われた。
リビングに行くと、父がソファーに座って、手招きしている。
僕が、父の前に立つと、いきなり、
「お前の為に、VOCALOIDを注文したから」
・・・・・・・・・え?
「そいつにピアノを教えて、連弾でコンクールに出なさい。お前には、連弾が向いているだろうと、先生も仰っていた」
・・・・・・・・・。
「分かったな?」
「・・・はい」
僕が頷くと、父は満足げに、
「それだけだ。では、練習に戻りなさい」
「はい」
僕がリビングを出ようとすると、後ろから父の声がした。
作品名:「おやすみの歌」書いてみた。 作家名:シャオ