「おやすみの歌」書いてみた。
「お前も、兄弟が欲しかっただろう?楽しみだな」
「はい。楽しみです」
反射的に答えて、僕はリビングを出た。
いつかテレビで見た、青い髪の男性。
友人と見た、緑色の髪の女の子。
ヒトの姿をした、人でないモノ。
・・・・・・気持ち悪い。
数ヶ月後。
学校から帰ってくると、見知らぬ車が止まっていた。
見た瞬間、背筋に悪寒が走る。
まさか。
でも、早くても半年はかかるって・・・言ってたのに・・・。
「ただいま・・・」
玄関を開け、声を掛けると、母が出てきた。
「お帰りなさい。待ってたのよ」
母の嬉しそうな顔に、思わず顔が引きつる。
まさか。
まさか。
「ま・・・待ってたって・・・何で・・・?」
母は、にっこり笑うと、
「お父さんが注文してたVOCALOIDが、さっき届いたの。本当は、もっと時間がかかるんだけど、お父さんのお友達が、便宜を図ってくださって」
・・・余計なことを。
「さ、いらっしゃい。あなたを所有者として登録するからって、待っててもらったのよ」
「は・・・はい」
リビングには、スーツ姿の女性と、青い髪のVOCALOIDの姿が。
「こんにちは。この度は、VOCALOID『KAITO』を購入頂きまして、ありがとうございます」
女性が、ほほ笑みながら声をかけてきた。
「あ・・・こ、こんにちは」
その場から逃げ出したい衝動をこらえながら、何とか答える。
女性は、持っていた鞄を開くと、
「では、あなたをマスターとして登録しますので、こちらにお願いします」
「う・・・はい」
そろそろと近づくと、『KAITO』と目が合った。
にこっと笑ったので、思わず後ずさる。
「ああ、大丈夫ですよ。感情プログラムによる反射的な対応です。記憶データは一切消去してお渡ししますので、彼にとって、あなたが唯一のマスターです」
何を勘違いしたのか、女性が、僕をなだめる様に言った。
「こちらで、日常会話に必要な程度の調整と、語彙登録を行っております。飲食と入浴は可能ですが、基本的に必要はありません。待機を命じると、自動的にスリープモードに移行します。後の細かいことは、説明書を置いていきますので」
滑らかな口調で説明しながら、女性は、鞄からパソコンと、良く分からない機械を取り出す。
「網膜パターンを登録します。このデータは、マスターであるあなたの許可がない限り、上書きや消去は行えません。すみませんが、もう少し近くに来て頂けますか?」
「は、はい」
女性は、慣れた手つきで機械を操作し、パソコンのキーを叩いた。
ぽーんという間の抜けた音が響き、女性が僕の方を向くと、
「以上で、登録が終了しました。今から、彼は、あなたの為だけのVOCALOIDです」
「えっ?」
驚いて『KAITO』を見ると、青い髪のVOCALOIDは、にこっと笑い、
「宜しくお願いします、マイマスター」
そう言って、頭を下げる。
・・・・・・・・・・・・!!
「まあ、凄い。まるで、人間みたいね」
母の、妙にはしゃいだような声が聞こえた。
「はい。それこそ、我々が目指すものですから」
誇らしげな女性の言葉に、嫌悪感さえ覚える。
『KAITO』の自然な表情も、滑らかな喋り方も、まるで人間のような動きも。
何もかもが、気持ち悪かった。
女性が帰った後、僕は、KAITOを連れて、ピアノの部屋に行く。
どうしたらいいんだろう・・・。
「ピアノ、弾ける?」
何から教えていいのか分からなくて、唐突に聞いてしまった。
案の上、
「いえ、弾けません。ですが、マスターが教えてくだされば、可能だと思います」
「・・・そうだね」
実際、弾いている姿をテレビで見たし。
教えれば、出来ることは分かっている。
でも、何から教えればいいのかが、分からない。
どうしよう・・・。
「マスター」
「なっ、何!?」
いきなり声を掛けられ、僕はびっくりして聞き返した。
「私は、待機していた方がよろしいでしょうか?」
「はい?」
な、何をしてた方がいいって?
混乱する僕に、KAITOは真面目な顔で、
「特に指示がなければ、消費エネルギーを抑える為に、スリープモードに移行したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
・・・・・・・・・ああ。
そうだ。彼は、人間ではないんだった。
「あ・・・うん。そうだね。じゃ、向こうに座ってて」
「はい」
見ていたら、KAITOはソファーに腰掛けると、そのままの姿勢で、かくんと首を前に倒す。
!?
慌てて近寄ると、どうやら寝ているらしく、目を閉じていた。
耳を澄ませば、かすかな寝息が聞こえてくる。
スリープモードって・・・寝るんだ。
何だか可笑しくなって、思わず笑ってしまった。
と、KAITOが目を開けて、
「マスター?」
「うわっ!?あ、ご、ごめん。起しちゃった?」
KAITOは、二・三度瞬きしてから、
「マスターの声に反応するよう、設定されています」
「あ、そ、そうなんだ。えっと、まだ寝・・・待機してていいよ」
「はい」
そう言うと、KAITOは再び目を閉じて、眠りにつく。
僕は、KAITOを起こさないように気をつけながら、間近で顔を観察した。
こうして見ると、人間そのものなのに・・・。
先ほどのやり取りを思い出し、彼は機械なのだと、改めて思う。
その違和感に、思わず吐き気を覚えるが、頭を振って、その考えを追いやった。
KAITOにピアノを教えて、コンクールで優勝する。
それだけを考えよう。
それだけを、考えればいい。
KAITOが来て一か月。
機械であることへの違和感は、大分薄れてきた。
というより、考えないようにした。
余計な事を考えて、台無しにしてはいけない。
連弾のコンクールで、優勝する為にも。
「KAITO、今の音、もう一呼吸伸ばしてみて」
「はい」
ピアノに向かったKAITOは、指示通りに弾いて行く。
ヒトのように、疲れたり、調子が変わったりしない。
常に同じコンディションで、指示に従う。
一度教えたことは、忘れない。
けれど。
マスターによって、個性が出る。
そのことを知ったのは、『KAITO』を使って発表された曲を聴き比べていた時。
同じVOCALOIDを使っているとは思えない程、音が違う。
「その音は、もっと叩きつけるように、弾いてみて」
「はい」
KAITOを使えば、僕の音が出せるかもしれない。
コンクールでの、『CDを再生しているようだ』という評価も、なくなるかもしれない。
「うん、いいよ。今度は、最初から通して弾いて」
「はい」
ソファーに座って、背中越しに、カイトのピアノを聞いた。
そうなったら、きっと、両親は喜んでくれる。
「ん・・・?」
額に触れた、ひんやりとした感触に、目を開けた。
目の前に、何故かKAITOの顔がある。
「KAITO・・・?」
「あ、すみません。起してしまいましたか?」
KAITOは、僕の額に乗せていた手をどけた。
・・・・・・?
作品名:「おやすみの歌」書いてみた。 作家名:シャオ