「おやすみの歌」書いてみた。
さっさと引き取ってくれ!!」
・・・え?
父の言葉に、後ろにいた女性は、首を振って、
「それには、マスターの、あなたの息子さんの許可が、必要です」
と言った。
あ・・・思いだした。カイトと一緒に来た人だ。
「何を言ってる!!親の私がいいと言ってるんだ!!さっさと引き取れ!!」
父の言葉に、女性は、申し訳なさそうに首を振って、
「未成年であろうと、マスター登録した本人以外、VOCALOIDを廃棄する権限はありません。あなたの息子さんが、意識不明の重体でしたら、話は別ですが」
その言葉に、父は、僕の方を向いて、
「聞いただろう?おまえの許可が必要なんだそうだ。早く引き取らせなさい。そいつの顔を見ているだけで、気分が」
「嫌です」
きっぱりと、僕は言った。
父は、心底驚いた顔で、
「何・・・」
「嫌です。カイトは廃棄しません。僕の怪我は、カイトのせいじゃありません」
「マスター・・・」
カイトの弱弱しい声に、「大丈夫だよ」と答える。
僕は、父の顔を見つめ、
「カイトは、連れて行かせません。そんなこと、僕は許可しない」
「な・・・っ!何を言ってるの!?お父さんに謝りなさい!!」
母の声が響く。僕は、首を振ろうとしたけれど、上手く動かないので、
「・・・嫌です」
と答えた。
「お前・・・そうか、そいつに、何か吹き込まれたんだな」
父の目がギラリと光って、カイトを睨みつけた。
「貴様!!よくも私の息子を!!」
「あなたっ!!」
父が、カイトに飛びかかろうとしたので、
「やめてよ!!」
咄嗟に大声を出したら、全身に激痛が走る。
「っ!!」
「マスター!!大丈夫ですか!?」
思わず身を竦めると、カイトが、慌ててナースコールに手を伸ばした。
「ん・・・いいよ、カイト。大丈夫だから」
僕は、そろそろと力を抜きながら、
「父さん、僕は今まで、父さんの言うことを聞いてきたよ。だから、今度は、僕の言うことを聞いて」
「何を言ってるんだ、お前は!私は、お前の父親だぞ!!」
・・・違う。
分かってくれない父に、苛立ちを感じ、
「・・・父さんの息子は、「いい子」の僕でしょう?」
つい、口に出してしまう。
「何?」
「父さんと母さんの子どもは、いつも言うことを聞く「いい子」なんでしょう?僕は、「悪い子」だから、父さんと母さんの子どもじゃないよ。だから、父さんの言うことは、聞かない」
・・・こんなことを言ったら、きっとすごく怒られる。
怒られるだけじゃなくて、見放されるかも知れない。
それは、すごく怖い、けど。
「カイトのマスターは、僕だから。僕は、カイトを処分したりしない。絶対に」
「お前・・・」
父は、ぐっと握りこぶしを作ると、「勝手にしろ」と言って、出て行った。
母が、涙を流しながら、父の後を追う。
・・・泣いてた。
何だか、とても不思議な感じがした。
カイトも、母さんも、何故、泣くんだろう?
「疲れた・・・」
急に全身のだるさを感じ、頭の中のもやは、更に濃くなったような気がする。
「マスター・・・」
「では、私はこれで」
カイトの声に重なるように、女性の声が聞こえた。
「あ・・・ごめんなさい。せっかく来て下さったのに」
そう言えば、この人、何の用事で来たんだろう?
「いいえ。これも仕事ですから。でも」
女性は、首を振った後、微笑んで、
「ありがとうございます。あなたにマスターになってもらえて、私も嬉しいです」
「・・・?はあ」
・・・この人も、何を言っているのだろう?
「カイト、いいマスターさんに、巡り合えたね」
そう言って笑った顔は、何故か、母に似ていた。
・・・そう言えば、母さん、どこに行ったのかな。
・・・教えてあげなきゃ・・・カイトが、自分でピアノを弾いたんだよって・・・。
・・・喜んで、くれるかな。
・・・褒めて、くれるかな。
「マスター、少しお休みになってください」
カイトの声がする。
ひんやりとしたものが、頬に触れる。
「ん・・・おやすみ、カイト」
「おやすみなさい、マスター」
side:KAITO
「今日は、ちょっと疲れたね」
帰ってくるなり、マスターはピアノの部屋に向かうと、ソファーに座る。
「マスター、何か飲み物をお持ちしましょうか?」
「ううん、いい。それより、ピアノ弾いて」
「分かりました」
今日は、マスターと共に、マスターの先生が開いている、ピアノ教室の手伝いをしてきた。
演奏家になることは無理でも、ピアノに関わっていたいと、マスターから申し出たのだ。
マスターの教え方は丁寧で、評判がいいと、先生も喜んでおられたから、きっと、マスターは、教えることが向いているだと思う。
「何を弾きましょうか?」
「うん、何でもいいよ。カイトの好きな曲で」
「分かりました」
それなら、マスターが好きなワルツにしよう。
私は、鍵盤に手を置き、ゆっくりと引き始める。
結局、マスターの右手には、軽い麻痺が残ってしまった。
今もリハビリを続けているけれど、完全に元どおりになれるわけではない。
マスターの未来を奪ってしまった私を、マスターは、決して責めることはせず、今も手元に置いてくれる。
「カイト、音がぶれてるよ」
「あ、はい。すみません」
マスターの怪我は、私の責任なのに。
マスターは、私を廃棄することを、頑として譲らず、ご両親との間で、何度も何度も話し合って、最後には、ご両親を説得してしまった。
本当なら、私は、廃棄処分にされ
「カーイト。余計なこと、考えないの」
「あ、す、すみません」
必死で、頭を切り替える。
今は、マスターの為に、ピアノを弾くことに集中しないと。
弾き終わって、後ろを振り返ると、マスターの姿が見えない。
!?
慌ててソファーに駆け寄ると、マスターは、体を横たえて、静かな寝息を立てていた。
ああ・・・良かった。
マスターの顔にかかった髪を、そっとかきあげてから、ピアノに戻る。
今度は、あの曲を弾こう。
いつか、マスターと弾く為に。
マスターが、もう一度聞きたいと、言ってくれたから。
私は、そっと鍵盤に手を置いた。
終わり
作品名:「おやすみの歌」書いてみた。 作家名:シャオ