「おやすみの歌」書いてみた。
後ろから、KAITOが僕を抱きしめた。
「大丈夫です。マスターは、間違えていません」
「・・・え?」
KAITOが、僕の手からヘッドホンを取る。
「マスターの演奏は、完璧でした。全ての音も、リズムも。何も間違えていません。私を信じてください」
・・・・・・・・・・・・。
「・・・ほ・・・んとう・・・に?」
「はい。本当です。先ほどの曲は、データに入れておりますので。マスターは、何も間違えていません」
KAITOが、腕に力を込めて、
「大丈夫ですよ、マスター。もっと自信を持って下さい」
「・・・・・・っ!」
突然、視界がぼやけて、涙が溢れ出した。
頬を伝って、服に落ちる。
「ふ・・・うう・・・わああああああああああああああああああああああああああ!!」
本当に、久し振りに。
僕は、声を上げて、泣いた。
音が聞こえる。
ピアノの音。カイトの声。
聞いたことのない、曲。
・・・・・・・・・?
うっすらと目を開ける。
どうやら、ソファーに横たわっているみたいだと、気がついた。
そっか・・・泣き疲れて・・・そのまま・・・。
それにしても、この曲は何だろう?
聞いたことがないけれど、古いCDでも、引っ張り出してきたのだろうか?
上半身を持ち上げて、音のする方に目を向ける。
そこで、信じられないものを見た。
KAITOが、ピアノを弾いている。
ピアノを弾きながら、歌っている。
僕が教えた曲じゃないのに。
「KAITO・・・?」
「はい。あ、目を覚まされたのですね」
声を掛けると、KAITOは振り向き、微笑んだ。
その笑顔に、唐突に吐き気を覚える。
ヒトの姿をした、人でないモノ。
「今の・・・何?」
「え?」
KAITOの戸惑った表情も、立ち上がる時の滑らかな動きも。
何もかもが、気持ち悪かった。
「今、自分で、曲を作ったの?」
「マスター?」
僕は、そろそろと立ち上がると、
「自分で、作った、曲を、歌ったの?自分で、歌詞も、つけて?」
「マスター、私は」
じりじりと、扉に向かう。
後少し。もう少し。
「KAITOは、VOCALOIDなのに?機械なのに・・・自分で、曲を、作るの?」
「マスター、私の話を」
そっと、ドアノブに手を掛けた。
気づかれないように、静かに回す。
「KAITOは・・・自分の音を、持ってるんじゃないか。だったら、マスターなんて、いらないよね?」
「マスター!」
素早く部屋を飛び出すと、そのまま玄関に走った。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い!!
「マスター!!待って下さい!!」
「どうしたの?何の騒ぎ?」
KAITOの声。母の声。
気持ち悪い。何もかも。
急いで靴をはくと、そのまま玄関を開け、表に飛び出す。
とにかく逃げたかった。この場にいたくなかった。
自分が、機械よりも劣った存在だと、見せつけられたようで。
ろくに前も見ずに走っていたら、
「っ!?」
気がついた時には、車のヘッドライトが、すぐ目の前に迫っていた。
アスファルトの、冷たい感触。
流れ出る血の、生暖かさ。
誰かの声。声。声。
ぼやけた視界の中、人の影が交錯する。
「マスター!!」
カイトの声がする。
「マスター!!私の声が、聞こえますか!?」
何だっけ。
何か、言わなくちゃいけないことが、あったのに。
「マスター!!」
おかしいな。
頭が、はっきりしない。
「離して!!離して下さい!!マスターが!!」
『大丈夫だよ』とか。
『心配しないで』とか。
違う・・・気がする。
「マスター!!」
ああ・・・そうだった。
やっと、思いだした。
きっと、心配してるから。
きっと、気にしてるだろうから。
だから。
「・・・ごめんね・・・」
ちゃんと、言わなきゃ。
次に気がついたのは、ベッドの上だった。
・・・・・・・・・。
頭の中が、もやがかかっているように、はっきりしない。
体を動かそうとしたら、横から手が伸びてきて、そっと押しとどめられた。
「マスター、まだ動いては駄目です」
「カイト・・・」
カイトの指が、僕の顔にかかった髪を、そっとかきあげる。
「マスター、申し訳ありません。私のせいで、マスターを傷つけてしまいました」
カイトの青い目が、まっすぐに僕の目を見た。
「私を、廃棄処分にしてください。私には、あなたの傍にいる資格はありません」
・・・・・・・・・。
カイトが何を言っているのか、良く分からなかったけれど。
濡れたような青い瞳は、とても綺麗だと思った。
「カイト」
「はい」
青い瞳も、青い髪も。
とても綺麗だと、思う。
・・・どうして、気持ち悪いなんて、思ったんだろう。
「綺麗な目をしてたんだね」
「え?」
僕は、にこっと笑うと、
「今、気がついた。カイトの目は、綺麗な青だね」
「マスター・・・」
どうして、カイトは、泣きそうな顔をするんだろう。
ちゃんと、褒めてなかったからかな。
「カイトのピアノも、綺麗な音だったよ」
「マスター・・・」
「曲に合わせて、歌ってたよね?もう一度、ちゃんと聞きたいな」
ますます泣きそうになるカイトを、不思議に思いながら、
「そうだ、今度は、一緒に弾こうか。その為に、カイトは来たんだもんね」
「・・・・・・っ!」
・・・どうして、カイトは泣くんだろう?
どうして、僕に謝るんだろう?
「カイト、ごめんね」
謝らなきゃいけないのは、僕の方なのに。
「ここにいたのか」
突然、父の声が聞こえた。
そちらに視線を向ければ、妙に怒った顔の父と、取り乱している母と、見覚えのある女性。
・・・誰だっけ。
ぼんやりと、女性の顔を見ていたら、
「息子から離れろ!!貴様のせいで、息子の将来は台無しだ!!」
「あなた、大声を出さないで」
「うるさいっ!!」
なだめる母の手を振り払って、父は、ベッドに近づいてくる。
カイトの怯えた表情を見て、僕は、
「父さん、やめて」
「何・・・?」
父が、ベッドの一歩手前で足を止めた。
「カイトが怖がってる」
僕の言葉に、父は、顔を真っ赤にして、
「何を言ってる!!こいつのせいで、お前は死にかけたんだぞ!!」
「カイトのせいじゃないよ」
僕の言葉に、父は驚いた顔をした後、カイトを指差して、
「こいつのせいだ!!こいつのせいで、お前は!!」
矢継ぎ早に、言葉をぶつけてくるけれど、
・・・早口すぎて、分かんない・・・。
かろうじて聞き取れた言葉をつなげると、頭を打ったか、骨折したかで、どちらかの腕に麻痺が残るらしい。
そうなれば、当然、前のようにピアノを弾くことは出来ない。
後は、僕の将来がどうとか、そんな話だった。
そっか。僕はもう、ピアノを弾けないんだ。
今までは、それが当たり前すぎて、何とも思わなかったけれど。
弾けないとなると、寂しい。
一度、カイトと一緒に、弾いておけば良かった。
ぼんやりと、父の言葉を聞き流していたら、
「こいつは廃棄処分にする!
作品名:「おやすみの歌」書いてみた。 作家名:シャオ