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愛してると言えない

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事情が変わったのは、中学3年の最後の方に新羅と受験説明会場で再会した後だ
新羅から、初めて”好きな奴”の話が出た

「僕には心に決めた人がいるからね、誰とも付き合わないよ」

高校が一緒で、受験も終わった頃に出会って、そのまま自宅に呼んだ
幽も一緒にいて、芸能界に入ってから初めて熱愛騒動が雑誌に載った時
話の流れで幽が新羅に聞いたんだ、新羅君は彼女とかいないんですか?って

「新羅君、好きな人いたんだ・・・」
「マジでか・・・」
「ちょっと、なんだいその反応は!」
「や、お前って解剖とかにしか興味ねーと思ってたから」
「女子なんて見向きもせずに人をばっさばっさ切るイメージがあって」

幽の言うとおりだった
恋愛話なんてまったくしなかったし、いつも解剖してもいいとか聞いてくるし、他の話題はテレビとか幽のこととか勉強を一緒にするくらい

新羅に好きな奴がいるってだけで、何故か崖の上から突き落とされたみたいな感じがしたんだ

「はい、完了!とりあえず、静雄の回復力なら明日明後日には塞がりそうだから、傷が塞がったら連絡くれる?抜糸するから」
「・・・おう、あんま動かさねー方がいいのか?」
「そうだね、縦にパックリいってるから、拳はあんまり握らない方がいいね、一応念の為に包帯巻いておこうか」

じゃあこの2日間は右手に気をつけねーと
くるくると器用に巻かれていく新羅の手を見てぼーっとしていると止め具をし終えたのか不思議そうな顔で俺を見上げていた

「静雄?なんだか今日はぼーっとしているね。眠気覚ましにコーヒーでも淹れようか?」
「いや・・・トムさん待たせてっから」
「そう?」

新羅が医療道具を片付けながら、話しかけてくる
ずっとこの穏やかな時間が続けばいいのに
叶いもしない願いを心に秘めながら、タバコに火をつけて、椅子から腰を上げる
ちらりと新羅を見ると道具も片付けて、今度は冷蔵庫の中を探っていた

高校になって、ノミ蟲と引き合わされた時、俺はすぐに攻撃した
あいつがぺちゃくちゃ話して、きな臭ぇ顔してたのもあるけど、お前の隣にいたからだって気付いてるか?
お前に俺以外の友達がいることが嫌だったんだぜ?
それに、あのクソ野郎・・・俺と同じ目ぇしてやがった

なあ、気付いてるか?新羅
諦めたくても諦めきれない俺とアレがいることを

「あ、はい、これあげるから手は使わないようにね!」
「・・・牛乳?」

冷蔵庫から紙パックを取り出した新羅はそのまま俺に渡してくる
それは昔から飲んでる500mlの牛乳パックだった
とりあえず、それを貰い、首を傾げる

「栄養学はそんなに学んでないけど、カルシウムはあるからね!イライラ防止と傷が治る様に餞別だよ。ケガは早く治さないとね」
「・・・サンキュ」
「どういたしまして、今日だけはお風呂の時ゴム手袋とか手を濡らさないよーに!何かあったら電話して」
「わかった」

歩きながら玄関に向かい、靴を履いて振り向く
ニコニコと人好きのする笑顔で見上げる姿に声をかけた

「じゃあ、邪魔したな」
「親友がケガしてるのを見捨てるほどまだ堕ちてないよ」

”親友”という言葉に思わず手が伸びそうになった
そんな資格がないのに
俺は親友になんてなりたくなかった
お前の唯一になりたいんだと伝えてしまいそうになる
どうにかそれを押さえ込んで、ぽんぽん、とかなり手加減して新羅の頭を叩く

「そ、っか・・・また来る」
「うん、お大事に」

俺の動作に新羅は苦笑して、片手をひらひらさせて、俺を見送る
エレベーターに乗りこんでボタンを押し、牛乳パックを開ける
牛乳をエレベーターの中で一気に飲み干して、飲み終えるとソレを潰した
チンと一階に着いたエレベーターから出て左手で握りつぶしたパックをゴミ箱に捨てて、そのまま壁に寄りかかる

ああ、どうしてこんなにもお前が好きなんだろう
違う誰かだったら良かったのに、と何度願っただろうか

目を固く閉じると浮かんだのは想い人の微笑んだ顔
前髪をくしゃりと握り、今しがた手当てされた右手の包帯を見つめる

「新羅・・・」

好きだ、好きなんだ

包帯に唇を寄せ、一生口にすることはない、告白を、心の中で囁く
そっと包帯から唇を離し、ふと自嘲を浮かべた

「ハ・・・うぜぇ」

女々しく弱弱しい、軟弱な自分を嘲り、顔をあげ、一歩前に足を進める
表で待つトムさんの元へ向かった


――叶わない願いを抱いたまま


【君が好きだからこそ心の中で、アイシテル】
作品名:愛してると言えない 作家名:灰青