草々
大乱闘だかなんだか知らんがここにきてもう何年だろう、するべきことを果たしながらも俺はまだ片想いだ。ずっと言えずにきてしまっているから情けない。目の前に好きな奴がいたって普通に喋ることしかできないとは。情けない、本当に。
「それでマリオさん、崖際にバンパー置いちゃってワリオさん復帰できなかったんだよ」
「そうなのか?」
「うん。それでワリオさんったら俺様の邪魔をするな!ってチーム戦なのに味方と喧嘩になるんだよ?面白かったな」
楽しい時は心から楽しそうにきらきらと笑うマルスはまるで無邪気な少女みたいで、そんなこと言ったら怒られるけど本当に可愛いんだ。
大人びた仕草もするから美しいとか、戦う時の勇ましさは凛々しいとか言えばいいんだろうか色々誉め言葉があるけれど頭の悪い俺にはあんまり上手い例えが出てこない。マルスみたいに本を読めばいいんだろうか。
「アイク。聞いてるかい?」
「ん、あ?」
間抜けな声が出てしまった。これじゃ聞いてたつもりでも勘違いされてしまう、そう思っていたら怒られるどころか笑われる。さっきのしっとりした微笑みとは違った向日葵みたいな笑顔が眩しい。
マルスは嘘をついたり好き嫌いをしないかぎり滅多に怒らない。その方がいい、俺はお前の幸せそうな顔を見ていたいと思うし、俺だけじゃない。皆マルスが好きだからマルスには笑顔でいてほしい。
「変な顔……」
「す、すまん……。話はちゃんと聞いてたぞ?」
「うん、わかってるよ。でね、それで……」
マルスは話の続きをそのふにふにとしてそうな口から再び喋り始める。俺はそれに頷いたりして返して他愛もない時間が過ぎてゆく。誰かが呼びに来るかするまでずっと。ふと無意識に俯けばつやつやの爪が膝に置かれていて唇を寄せてみたいと思った。
いつものことだ、ずっと何年もお前とこうしてきたよな。でもマルス。俺、お前に愛されたい。
友達とか仲間とかいう間柄とか、性別とか地位とか全部飛び越えて恋人になって、もっと意味のある微笑みを浮かべてキスとかして他の誰でもないお前と過ごしたい。そうなったら他愛もない時間がちょっと特別で凄く大切なものになってずっと胸が暖かい気持ちになれる。マルスの口から歯が浮くような、頭が痛くなりそうな、うっかり寒くなりそうな、それでもどきどきして幸せになるようなあたたかい愛の言葉を夢でいいから聞いてみたい。出会った時から泣きそうなぐらいお前が好きなんだ。
「アイク、おはようっ」
「おはよう、マルス」
嗚呼、今日もマルスは可愛い。
一応先輩で年上なんだろうけどわざわざ手を振ってまで挨拶してきたりしてこんな可愛さったらない。そして大人っぽいところや乱闘が強いところとかあと料理もできるところとか色々なんて言えば。才色兼備とでもいうのか、とにかくもう妻にしたい。お前の犯罪的な魅力に皆惚れてるんだぞ知ってるのか。
「今日の乱闘、アイクはポケモンスタジアムだよ。頑張ってね」
寝起きに眩しい笑顔がちかちかする。応援、されているのか。
「お、おう」
ぎくぎくと緊張して答えれば、マルスはぎゅっと両手で作った拳を持ち上げガッツポーズをするとにっこりと笑った。彼の期待に、答えなければ。いつだって好きな人の前ではかっこよくいたい。
転送装置のパネルを操作すれば、自動で設定されたステージに勝手に送ってくれる。もうすぐ試合が始まるから装置に入らなければとアイクはカプセルの中に入って透明なガラス越しにマルスと見つめ合う。
不思議な感覚だった。手が届きそうなのに届かない、なんてもどかしい。
『行ってらっしゃい』
こもった声が外界と一時だけ己を遮断するカプセルの中に響く。ガラス一枚隔てた先には胸の前で小さく手を振っているマルス。
微笑むために伏せられた瞼を縁取る睫毛が長くて、腕を見るとまるで細いものだからいつだって無闇に掴めなくて。
いつかあの腕が掴めたら引き寄せて、肉の薄い身体を抱きよせてそっと閉じ込めてしまいたい。もし、マルスは俺がこんな想いばかり抱いていると知ったら軽蔑するだろうか。
それを恐れては何も言えない、きっとそれが一番いいと自分自身が解っているから。だから今も、薄い薄い硝子越しに手を上げて彼に応えるだけで。
ぷしゅん、とカプセルが乗せた戦士を転送するため起動して景色は一転する。蒼いのか暗いのか解らない淡い光が渦巻く幻想的な空間を通り過ぎる機械の中でアイクは一言、数秒前まで目の前にいた人物に呟く。
「すき、なんだ」
誰よりも、マルスが。お前が好きだ、きっと死んだって変わらない。ずっと、ずっと。苦しそうに眉を寄せ悲しい声で、情熱を忘れない瞳で硝子の向こうを見て呟く。
こんな気持ち、伝わるわけない。そう自分の目を覚まさせるように噛み締めて、剣を握った。
「凄い!アイクはいつも強いね!」
相手を撃墜した吹き飛ばして汗だくになって試合終了の合図を聞いて戻ってくる、すると飲み物やタオルを抱えるように持って待っていたマルスが感動したように言ってきた。青い眼がきらきらと眩しくて愛しくてたまらない。
「そんなことない」
「でも、強いよ」
「運が良かっただけだ。いつも勝てるわけじゃない」
ぶっきらぼうに言って冷えた飲み物を受け取ると露で手が濡れた。
マルスはほにゃほにゃとやわらかで無防備な顔で笑うとタオルを差し出しながら言う。
「やっぱりアイクはかっこいいよ」
自惚れたりしないから強いんだね。マルスの素直な言葉をそれ以上否定することができず、アイクは大きな瞳を見つめた。
好きな人にかっこいいと思われているなら、これでいいかと思った。好きだって言えなくてもいつもかっこいいって言われるんだから、それだけで。
「……やっぱり、」
「ん?」
好きだ、と口から飛び出しそうになって慌てて手の甲で唇を押さえた。
マルスが丸い目をきょとんとさらに丸くしているのを見、首を横に振ってなんでもないように誤魔化した。
言えるわけがないのに、彼ならきっと笑って頷いてくれると信じて口にしようとしてしまう。
何の確証も無いのにそう信じてしまう、それでもマルスに自分を愛してほしいと願ってしまうのは今すでに自分が彼を心から愛しいと思っているから。
そうなのだとアイクはずっとずっと前から気づいてしまっていた。早く気づいても伝えられなければ意味をもたないと知っていて抱え続けてきたもの。
「アイク」
「……ん?」
僅かな時間差のある返事、それを悟られないか一瞬アイクは雰囲気を強張らせたがマルスの清らかな微笑みを見て直ぐに和らいでいった。この人はいつだって綺麗な表情をしている。
流れるように彼方を向いていた目線がゆっくりと滑らかにアイクを見つめた。
澄んだ碧い森のような光は決して眩しいと感じない、しかし揺らぎはない落ち着いたものだ。
「……僕、いつだって君のこと応援してるから、頑張って……ううん、無理はしないで。アイクがいつも頑張ってるのは、解ってるつもりだから」
「それでマリオさん、崖際にバンパー置いちゃってワリオさん復帰できなかったんだよ」
「そうなのか?」
「うん。それでワリオさんったら俺様の邪魔をするな!ってチーム戦なのに味方と喧嘩になるんだよ?面白かったな」
楽しい時は心から楽しそうにきらきらと笑うマルスはまるで無邪気な少女みたいで、そんなこと言ったら怒られるけど本当に可愛いんだ。
大人びた仕草もするから美しいとか、戦う時の勇ましさは凛々しいとか言えばいいんだろうか色々誉め言葉があるけれど頭の悪い俺にはあんまり上手い例えが出てこない。マルスみたいに本を読めばいいんだろうか。
「アイク。聞いてるかい?」
「ん、あ?」
間抜けな声が出てしまった。これじゃ聞いてたつもりでも勘違いされてしまう、そう思っていたら怒られるどころか笑われる。さっきのしっとりした微笑みとは違った向日葵みたいな笑顔が眩しい。
マルスは嘘をついたり好き嫌いをしないかぎり滅多に怒らない。その方がいい、俺はお前の幸せそうな顔を見ていたいと思うし、俺だけじゃない。皆マルスが好きだからマルスには笑顔でいてほしい。
「変な顔……」
「す、すまん……。話はちゃんと聞いてたぞ?」
「うん、わかってるよ。でね、それで……」
マルスは話の続きをそのふにふにとしてそうな口から再び喋り始める。俺はそれに頷いたりして返して他愛もない時間が過ぎてゆく。誰かが呼びに来るかするまでずっと。ふと無意識に俯けばつやつやの爪が膝に置かれていて唇を寄せてみたいと思った。
いつものことだ、ずっと何年もお前とこうしてきたよな。でもマルス。俺、お前に愛されたい。
友達とか仲間とかいう間柄とか、性別とか地位とか全部飛び越えて恋人になって、もっと意味のある微笑みを浮かべてキスとかして他の誰でもないお前と過ごしたい。そうなったら他愛もない時間がちょっと特別で凄く大切なものになってずっと胸が暖かい気持ちになれる。マルスの口から歯が浮くような、頭が痛くなりそうな、うっかり寒くなりそうな、それでもどきどきして幸せになるようなあたたかい愛の言葉を夢でいいから聞いてみたい。出会った時から泣きそうなぐらいお前が好きなんだ。
「アイク、おはようっ」
「おはよう、マルス」
嗚呼、今日もマルスは可愛い。
一応先輩で年上なんだろうけどわざわざ手を振ってまで挨拶してきたりしてこんな可愛さったらない。そして大人っぽいところや乱闘が強いところとかあと料理もできるところとか色々なんて言えば。才色兼備とでもいうのか、とにかくもう妻にしたい。お前の犯罪的な魅力に皆惚れてるんだぞ知ってるのか。
「今日の乱闘、アイクはポケモンスタジアムだよ。頑張ってね」
寝起きに眩しい笑顔がちかちかする。応援、されているのか。
「お、おう」
ぎくぎくと緊張して答えれば、マルスはぎゅっと両手で作った拳を持ち上げガッツポーズをするとにっこりと笑った。彼の期待に、答えなければ。いつだって好きな人の前ではかっこよくいたい。
転送装置のパネルを操作すれば、自動で設定されたステージに勝手に送ってくれる。もうすぐ試合が始まるから装置に入らなければとアイクはカプセルの中に入って透明なガラス越しにマルスと見つめ合う。
不思議な感覚だった。手が届きそうなのに届かない、なんてもどかしい。
『行ってらっしゃい』
こもった声が外界と一時だけ己を遮断するカプセルの中に響く。ガラス一枚隔てた先には胸の前で小さく手を振っているマルス。
微笑むために伏せられた瞼を縁取る睫毛が長くて、腕を見るとまるで細いものだからいつだって無闇に掴めなくて。
いつかあの腕が掴めたら引き寄せて、肉の薄い身体を抱きよせてそっと閉じ込めてしまいたい。もし、マルスは俺がこんな想いばかり抱いていると知ったら軽蔑するだろうか。
それを恐れては何も言えない、きっとそれが一番いいと自分自身が解っているから。だから今も、薄い薄い硝子越しに手を上げて彼に応えるだけで。
ぷしゅん、とカプセルが乗せた戦士を転送するため起動して景色は一転する。蒼いのか暗いのか解らない淡い光が渦巻く幻想的な空間を通り過ぎる機械の中でアイクは一言、数秒前まで目の前にいた人物に呟く。
「すき、なんだ」
誰よりも、マルスが。お前が好きだ、きっと死んだって変わらない。ずっと、ずっと。苦しそうに眉を寄せ悲しい声で、情熱を忘れない瞳で硝子の向こうを見て呟く。
こんな気持ち、伝わるわけない。そう自分の目を覚まさせるように噛み締めて、剣を握った。
「凄い!アイクはいつも強いね!」
相手を撃墜した吹き飛ばして汗だくになって試合終了の合図を聞いて戻ってくる、すると飲み物やタオルを抱えるように持って待っていたマルスが感動したように言ってきた。青い眼がきらきらと眩しくて愛しくてたまらない。
「そんなことない」
「でも、強いよ」
「運が良かっただけだ。いつも勝てるわけじゃない」
ぶっきらぼうに言って冷えた飲み物を受け取ると露で手が濡れた。
マルスはほにゃほにゃとやわらかで無防備な顔で笑うとタオルを差し出しながら言う。
「やっぱりアイクはかっこいいよ」
自惚れたりしないから強いんだね。マルスの素直な言葉をそれ以上否定することができず、アイクは大きな瞳を見つめた。
好きな人にかっこいいと思われているなら、これでいいかと思った。好きだって言えなくてもいつもかっこいいって言われるんだから、それだけで。
「……やっぱり、」
「ん?」
好きだ、と口から飛び出しそうになって慌てて手の甲で唇を押さえた。
マルスが丸い目をきょとんとさらに丸くしているのを見、首を横に振ってなんでもないように誤魔化した。
言えるわけがないのに、彼ならきっと笑って頷いてくれると信じて口にしようとしてしまう。
何の確証も無いのにそう信じてしまう、それでもマルスに自分を愛してほしいと願ってしまうのは今すでに自分が彼を心から愛しいと思っているから。
そうなのだとアイクはずっとずっと前から気づいてしまっていた。早く気づいても伝えられなければ意味をもたないと知っていて抱え続けてきたもの。
「アイク」
「……ん?」
僅かな時間差のある返事、それを悟られないか一瞬アイクは雰囲気を強張らせたがマルスの清らかな微笑みを見て直ぐに和らいでいった。この人はいつだって綺麗な表情をしている。
流れるように彼方を向いていた目線がゆっくりと滑らかにアイクを見つめた。
澄んだ碧い森のような光は決して眩しいと感じない、しかし揺らぎはない落ち着いたものだ。
「……僕、いつだって君のこと応援してるから、頑張って……ううん、無理はしないで。アイクがいつも頑張ってるのは、解ってるつもりだから」