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蒲公英

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真心の愛 神のお告げ 愛の神託 思わせぶり 別離












線路沿いのフェンスの先に、黄色い蒲公英が無言で風に靡いている。決して摘むことの出来ないその花を、買い物袋を持っていない右の手で、視界から遮ってみる。
(こん色は、あいつの色には似てなか)(わかっとるくせにそうだと思いたい自分がいる)。
暫くそうして立っていると、ちりんちりんと音がして、振り返ると水色の爽やかな自転車に乗った白石だった。少しだけ不思議そうな顔をして、俺が手を下ろすと、ようやく笑って「久しぶりやなあ」。白石の笑顔に、俺はやっと現実に戻れた気がした。白石に会うのは2週間ぶりだった。

自炊をするのは苦ではないが、食材の量には常々悩む。安いからといって買い込みすぎても、不意に旅に出たくなったときに譲るような知り合いはいない。春は出立の季節だ。何処かに赴きたくなる己を見ない振りは出来るはずもなく、だが食に飢えるのを恐れていつも必要以上に買い込んでしまう。それでも今日は片手1つ分の袋で済んでいるのだから奇跡的である。白石は空っぽの籠を指差して荷物を入れるように示す。俺は遠慮せずに袋を入れる。中から鮮やかなレタスとトマトが顔を出す。あとは、葱。
「葱臭い」
「葱は身体によかんやけん。風邪ば引いたら葱粥出してやるから家に来ればよか」
「風邪引いてたらまず外出られへんやろ」
「ああ、そうだな」
プラットホームから、ゆうるりと電車が発車する。それは俺たちよりずっと後にあった筈なのに、いつの間にか飲み込んで、追い抜かれた。脇を抜けるときに揺れる、無数の黄色い花たち。
「地元にはいつ帰るん?」
「取りあえず、明後日には1回帰ろうかと思ってるけど、どがんねろうな」
白石がその言葉に苦笑する。
「じゃあなんでこないに食料買い込んどるん?」
「それは・・・白石が寂しくなかように?」
「なんでそこ疑問系やねん」
春風が不意に俺たちに向かって強く吹いたので、あまりのことに一瞬目を閉じた。強く閉じた目が、真っ白にスパークする。ゆっくり瞳を開くと、視界がややぼやけて、クリーム色に包まれた。頬に掛かった髪を避けようとしてやはり視界に入るのは。
「白石、そんピンクのポロシャツよく似合ってるよ」
「・・・おーきに」
若干照れたように白石がポロシャツの裾を引っ張ったので、本当はその後に、でも四天宝寺のジャージの方が良く似合うと繋げたかったが、機を逃した。

キッ、と短く反抗的な悲鳴を上げて白石の自転車が止まった。気が付いたら俺のアパートの前に着いていた。白石がその長い足で、片足の自転車を駐輪する。俺がその間に白いビニール袋を手に持った。風に乗って葱の匂いが鼻につく。
「千歳、」
「ん」
「いってらっしゃいって、ただいまを言うために、言うんやで、」
白石の言葉はいつになくたどたどしくて、弱気だ。俺は無言で白石の口を塞いだ。それは春に似つかわしく、ちょっと可愛らしくて優しいキスだった。ビニール袋の中でトマトが動く音がする。
「心配なかよ、なんにも心配なか」
白石の吐息を感じながら、俺はそう言った。微かに白石の唇が動いて、嘘や、と繰り返す。白石がきつく俺の撓んだワイシャツの裾を握り締めた。
「行かんで」
空は白石が連れてきた自転車のように微笑ましい青空をしているのに、気持ちがいい日差しが昼寝を誘っているのに、どうして白石が泣いているのか、第三者的な目線で俺は不思議だった。俺はこういうときだけ不器用な手付きで、白石の涙を拭った。玄関の鍵を渡して入るように促す。白石が肩を揺らしながら、先に角を曲がった。ふう、と溜息をついて地面を眺めると、やはりそこには黄色い花が俺を見上げている。本当に、何処にでも咲いているのだと。当たり前のことに俺は少しだけ目を細めた。こんなに優しい黄色は、とても痛んだ髪に似ている筈がないのだが。煌めく色と仄かな色は面持ちが違う。だがそれでも思い出してしまうのは、それはあいつの人徳と言うものだろう。優しいところはあいつそのものだった。
(桔平、お前なんで髪なんか染めたんだ)
白石、と呼びかけて、俺は大股で角を曲がる。


*** *** *** *** *** ***

「空港にお前が迎えに来るのか、ちょこっとだけ心配やった」
桔平の部屋で着替えを始めて、俺はここに来てようやく弱音を吐いた。桔平は初めからわかっていたように、うん、と短く頷く。
「車の中でも黙ってたからな、どうせそぎゃんことばゆうやろうとは思っとったよ」
「・・・桔平はなんでもお見通しで敵わんけんな」
脱ぎ捨てたセーターを畳もうとして、ばちっと一瞬弾かれた。静電気だ。思わず手を上げた俺を、桔平が苦笑して眺める。
「静電気?」
「静電気、驚いた」
本当はここが俺の居場所の筈なんだろうけど、既に地元には俺の部屋がないのと同じように、もう昔みたいに桔平の部屋に紛れることは出来ないのだと悟る。もう一度丁寧に触れると、流石に電気が流れることはなくて、少しだけ安心した。端と端とをしっかり揃えて小さく畳んで鞄にしまった。
「桔平は、蒲公英みたいだな」
「なんだいきなり」
「線路に咲いてる蒲公英が、お前に似とったんだ」
長閑な春の温かい日差し、なんでもないように俺の横をすり抜けてゆく列車、不意に吹いた春風で揺れる黄色い花。後ろから、俺を呼ぶ自転車の呼び鈴、空色、ピンクのストライプ。俺はその幻影の中に、確かに白石を見た。帰ってきたのに、遠くに来たと思うのは、白石を置いてきた俺の負い目だろうか。
「俺は、かつてお前と揃って獅子と呼ばれとったとよ。俺は今も呼ばれ続けとるとよ。そいでこれからも多分呼ばれるんやろうとよ。やけど、お前はちごうとるな、千歳」
桔平は静かに立ち上がった。俺を上からそっと見下ろす。
「昔が懐かしいか、千歳」
挑発的な目が、西日に光って確かにお前は獅子だったと。その名が相応しいのは俺ではなく桔平だと感じる。ふっと俺は笑って手を振った。
「懐かしいのは事実やけん。やけどここにはもう俺はいなかよ」
桔平の力が急に抜けて空気が軽くなる。桔平は何度か瞬きを繰り返した後、扉を開けて手招きをした。
「飯やけん。俺の料理は久しぶりやろう。新しいレシピがあるとよ。覚えて帰れ」
桔平は几帳面だ。あとで渡してくれるレシピのことを思い、ほくほくした気持ちで俺も立ち上がった。強い西日を受け入れている窓を見ると、小さなコンクリートの割れ目から、蒲公英が顔を覗かせていた。既に綿毛に近いそれは、緑の葉を色濃く映していて、白い包帯を捲いた彼を彷彿とさせた。帰る場所があるのは、いい。それは噛み締めるような幸せだった。


*** *** *** *** *** ***

別に大した荷物を持っているわけでもないのに、荷物は宅急便で自宅配送にした。手ぶらで帰るのは、それまでの旅がまるで散歩の延長だったような錯覚を起こさせるので楽しい。
作品名:蒲公英 作家名:しょうこ