蒲公英
駅を降りてから吹いた風の匂いは、出掛ける前のそれとは明らかに違っていたのだが、生温い暖かさだけは同じだった。線路沿いに揺れている黄色もいつの間にか綿毛になっていた。その脆い白としっかりとした緑のコントラストなら。携帯電話の電源を入れた。発信履歴の1番上に載っている番号を呼び出す。最近CMでよく耳にする音楽が流れて、サビに入る少し手前で切れた。
「もしもし、白石」
電話の主は中々答えようとはしない。屋外にいるのか、風のびゅうびゅうという音が耳につく。
「白石?」
「もうちょっと右、見て」
「しらいし」
「そう、で、振り返って?」
俺は携帯電話を持っているほうの腕からゆっくりと振り向く。同じく携帯電話を耳にして微笑んでいる少年が、遠慮がちに手を上げながら、一言言った。
「おかえり」
綿毛が列車が通り抜けるのと同時に勢い良く風に乗り散る。俺はただひたすらに笑った。
「ただいま」