Good Old Fashioned* 6/27新刊サンプル
「お客様、大変申し訳ないのですが、ただ今シェーキのマシンが
不調になってしまいまして――」
「――マシンが不調、だと?」
青いサングラスの下、静雄の目がぎらりと光る。
「は、はい……」
長身金髪のバーテン姿、おまけに怪しげなサングラス、
という出で立ちの男に凄まれて、店員はおもわず身を縮める。
「つまり、ここまでずーっと並んで待ってた俺の番になって、
急にシェーキのマシンがブっ壊れた――って、そういうことか?」
ドスのきいた声で静雄は叫び、店員をにらみつけた。
おもわずぎゅっと握った手の中で、百円玉がぐにゃりと歪む。
静雄はあわてて手を開いた。
変形したコインを手のひらに乗せると、彼は両手でパン、と挟んで平らに戻した。
そんな驚愕の行動を前にして、店員は背中を震え上がらせる。
彼だけじゃない、いまや静雄のまわりにいる人間すべてが、
驚きと恐怖にからだを固まらせていた。
そして、そんなことをしている間にも静雄の最悪な一日は既に始まっていたのだ。
「も、申し訳ございません!」
蚊の泣くような声で、店員は謝罪の言葉をつらつら並べ、
静雄は再び彼をにらみつけた。
別に、こいつのせいじゃない。それはよくわかっている。
しかし、静雄はサービスデーを心待ちにしていたわけで、
ついで言えば、身も心も、今ではシェーキの受け入れ体勢が
フルスロットルで稼働してしまっていた。
そんなワケで、これにはどうにも納得いかない。
「バニラじゃなくても――別の味でも、まあ、今日は構わねえんだが?」
たとえばチョコでも、と、静雄は言った。譲りに譲ってやった、といった口調で。
「それがそのぉ、マシンが不調なのでフレーバー問わずお求めいただく
なっておりまして――」
「だから?俺には売れねえと?」
「申し訳ございません!」
今では店長とおぼしき男性も奥からあらわれて、
バイトと一緒になって頭を下げている。
深々と頭を下げる店員ふたりにもう一度睨みをきかせてから、
静雄はやっと視線をそらして、ふうっと大きく息を吐いた。
「ま、おめえらが悪りぃわけじゃねえし――仕方ねえよな」
静雄はぽりぽりと金髪の頭を掻いてから、ちょっと肩をすくめた。
それからフロアを横切って、出口に向かう。
コトの顛末を遠巻きに見守っていた沢山の目――客も従業員も誰もかれもが、
金髪男の背中をこっそり追いかけて、安堵の息を漏らしていた。
おもてに出た静雄はポケットに手を突っ込んで、空を仰いだ。
薄い水色の空の下、その時静雄は、今の出来事が、最悪に向けての
プロローグだとはひとつも気づいていなかった。
そして、もうひとつ。静雄が気づいていない事実があった。
ロッテリアの店影から覗いているひとりの男。
黒い髪の下で黒い目が、鋭いひかりを浮かべている。
男は、遠ざかる静雄の背中を目で追いながら、
「ククっ」
と楽しげに笑みを零した。
飛びぬけてデカい長身が雑踏に紛れてしまうまで、男は静雄から目を離さなかった。
金髪の後ろ姿が見えなくなるとすぐ、彼はロッテリアの店内に足を進めた。
「バニラシェーキ、ひとつ」
「バニラシェーキ、おひとつですね」
男の注文に店員はあっさり応じた――それはつまり、ついさっき
静雄のシェーキの注文を断わったあの店員だったのだが。
「サービスチケット、僕は持ってないんだけど――たしかさっきの
金髪がここでチケットを見せてたよね?」
黒髪は平然と、そんなことを言ってのけた。
「はい」
店員も黒髪男も、笑顔で受け答えを続けている。
「その金髪が持ってたチケットで僕の分を割引――にしてもらって
構わないよね?」
「はい、もちろん」
店員は笑顔を絶やさず答えを返したのだが、よくよく見てみれば、
その笑顔が引き攣っていることに誰もが気づいたことだろう。
「そういうことで、よろしく」
黒髪の男はカウンターの上に片肘を付くと、ニヤっと笑った。
シェーキのマシンがうなりをあげて、紙カップの中に白い渦巻きを作っていく、
――つい三分前、不調で動かないと静雄に告げられた、あのマシンが。
何事もなかったように、それはスムーズに動いている。
「サンキュ」
黒髪は笑顔でシェーキを受け取ると、出口に向かっておもむろに歩きだした。
あと三歩でおもて、というところで彼は足を止めて、振り返った。
「引き続きよろしく頼むよ」
ふたたび姿をあらわした店長に向かって黒髪は笑顔を投げる。
「その調子で、この先もね」
「はい――折原さん」
店長の声を背中に聞きながら、折原臨也はロッテリアを後にした。
店は、彼が去った後もいつもどおりに動いていく。
シェーキのマシンは絶好調。割引券を手にして、列に並んだ各々が
シェーキを手に入れていく――この世でたったひとり、平和島静雄だけを除いて――。