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【6月27日シティ】P.Kの墓標【イザシズ】

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「P.Kの墓標」サンプル



 その時、ふいに新羅が振り向いた。きょろきょろと後列を見渡した後に静雄のいる方を指さし、それを追うように学ランの男が振り向いた。
 ばちりと視線が重なる音がした。
 大抵の場合、静雄にガンを付けてくる奴というのは2パターンいる。あからさまに喧嘩を売ってくる輩か、或いは喧嘩する度胸がないが為に遠くからネチネチと視線を送ってくる奴らか。どちらにも敵意が籠もっているからすぐ解るし、解った瞬間に叩きのめしてしまうから、どちらでも大差はない。
 だが男の視線はそのどちらでもなかった。
 釣り気味の鋭い目つき、その中心にある真っ黒な瞳が迷いなく静雄の方を見ている。
 まじまじと見つめられて気まずいが、そんなことを考えているうちに自分から目を逸らすタイミングを失ってしまっていた。
 その視線に敵意は感じない。
 だが、決して心地よくはない。 
 あれはーー悪意だ。
 いつの間にか男は静雄から視線を外して新羅との会話に戻っていたが、静雄はしばらく彼の後頭部から目が離せなくなっていた。 
 今朝からずっと感じていた悪い予感。魚の骨のように胸の奥につっかかる感覚。その全てが、男の視線によって増幅していた。胸の奥だけではなく、喉元やこめかみから前進へと広がっていく。汗などかく季節ではないのに、じわりと背中が震えた。
 まずい。
 何か、とてもまずいことが起こる。
 つい先ほどまで必死に自分を宥めていたのが馬鹿らしいくらいに、静雄はその感覚に支配されてしまっていた。



 そして静雄の予感は現実になった。
 入学式で静雄に笑いかけた男ーー折原臨也は、視線だけでなく一挙手一投足に至るまでを悪意で漲らせながら静雄に接触した。
 小競り合い。
 放課後の日差しに煌めくバタフライナイフ。
 明らかに挑発と解る言動。
 気づけば静雄は全速力で池袋を駆け回り、臨也を追っていた。
 そこに小難しい理由などなかった。ただムカついただけ、それだけだった。投げかけられる言葉に苛立ち拳を突き出すと、臨也は見事にそれを避けてみせる。その大げさな仕草に煽られ、反応し、背中を向けられたことに更に憤り、静雄は臨也を追いかけ回した。
 正直、臨也を追っているときの記憶はあまりない。
 周囲のことなど目に入らなかった。最終的に信号無視でトラックに跳ねられるという滑稽と言えば滑稽なゲームセットを迎えるまで、目の前の敵を追うことに集中していたのだ。
 大きなブレーキ音と衝撃で我に返ったときにはもう全てが遅かった。宙を舞い、アスファルトに転がって、ようやく静雄は自分がはめられたことに気づいた。
「噂は本当だったんだねぇ」
 道路の中央、都会とは思えないほど開けた視界の中に臨也が入ってくる。どんよりとした曇り空をバックに、それはそれは爽やか笑みを浮かべて静雄の顔をのぞき込んだ。
「さすがにトラックが突っ込んだら、もうちょっとダメージ与えられると思ったんだけどな。あ、この場合突っ込んだのはトラックじゃなくて君の方だね。」
 ご覧よ。そう言われて首を振った先では、トラックのバンパーがものの見事に潰れていた。人を跳ねたことにまだ動揺を隠せない運転手を横目に見ながら、静雄は何とか息を継いだ。
「手前……何で」
「何で?そんなの最初に言ったじゃない。俺と君で遊べば、きっと楽しい高校生活が送れると思ったからさ」
「ふざけんなっ!!俺はそんなの」
「望んでないって言いたいんだろう?」
 静雄の言葉にかぶせるように臨也が喋る。
「でもさ、君は果たして本当にそう思ってるのかな?」
 どうやら機嫌がいいほど饒舌になるようで、覚えたての知識を自慢する子供のように嬉々として御託を並べ始める。
「君は力を使うまいとしているけれど、裏を返せばそれは欲望を抑えてるってことだよ。感情のままに力を振り回して人やものを破壊するのが君の本能なのさ。君のその力こそが君自身なんだよ。だから君はまるで……いや、比喩ではなくそのままの意味で、」
 人間じゃない、バケモノなんだよ。
 そうスピーチを締めくくって、臨也は満足そうな顔で静雄を置き去りにした。
 取り残された頭の中をよぎったのは、しくじった、の五文字だった。
 朝から必死に悩み続け、ぎりぎりまで悪い予感と戦っていたにも関わらず、静雄はまんまと挑発に乗せられ、初日にして自ら平和な高校生活をぶち壊してしまった。
 やめようやめようと思っていたのに、結局陳腐な言葉のやりとりに激高してしまう。そういうのは幼い子供の領分だ。子供は大人より常識や理性の束縛が少ないから、周りの迷惑を顧みずに欲望の、本能のままに行動する。
 だがそれは、非力で未熟な子供だから許されるのだ。
 善悪の区別が付き、体格もりょ力も大人と変わらない、いや平均的な大人よりも秀でている者が同じことをすれば、それはただの非常識な暴力だ。
 そういう輩は非道とか人でなしと呼ばれるのだ。
 人でなし。
 ああ、だからバケモノなのか。
 自分を絶望へ引きずり込んだ男の言葉に納得してしまい、静雄はアスファルトに転がったまま静かに笑った。
「……しくじっちまった」
 声に出してみれば呆気なかったけれど、金髪越しの曇天が眩しくて、静雄はぎゅっと目を瞑った。



 ……そう言えば、放課後シズちゃん見かけなかったな。
 そのことに臨也が気付いたのは西武百貨店前の大きな交差点を渡り、繁華街へと足を踏み入れてからだった。いわゆる東側とは毛色の違う華やかさを備えている区域だが、夕方はまだまだ人がまばらで活気があるとは言い難い。雨にぬれてアスファルトにこびりついている居酒屋のチラシを踏みしめながら、ふと小脇の道に入ったその時だった。
 道端に、平和島静雄が座り込んでいるのを見つけた。
「シズ……ちゃん?」
 呼びかけたというよりは口からこぼれてしまった名前に、目を閉じていた静雄の瞼がピクリと動いた。辛うじてビルの壁にもたれかかってはいるものの、ブレザーはところどころが破け、ローファーは泥だらけだ。出血はおろか、かすり傷も痣も見受けられないが、明らかに静雄はダメージを受けてそこに座りこんでいた。
 これが倒れているのが一般人であれば、喧嘩でボコボコにされたのだとすぐに解る。池袋の路地裏、喧嘩に負けて雨に降られながら途方に暮れているという状況はなかなか物語的である。いかにも青春漫画にありそうなシチュエーションだ。
 だが目の前の光景は全く臨也を納得させてくれない。
 理由は一つだけ。
 そこにいるのが平和島静雄だからだ。
 臨也が記憶している情報の何処を参照してみても、静雄が喧嘩で負けるという可能性は出てこない。そもそも今日は喧嘩はない(、、)はずだった。けしかける予定だった輩は臨也自ら排除しているし、他に静雄を狙っている奴らがいるという情報も持っていなかった。静雄が放課後に池袋のこちら側に行くということすら知らなかった。
 それは臨也が、情報を操ろうとする者が最も犯してはいけない過ち――情報を取りこぼすという、初歩的だが致命的なミスを犯した結果だった。
 しくじった。