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初恋

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俺は本当に、忘れてしまうことがある。あの人が、ただの中学生であることを。仮定として、俺が1年後に同じ歳を迎えたところで、あの人には永遠普遍に届くことが無いのだろうと。俺には諦観の雲行きが広がっている。行き詰まる先にはいつも、あの背があった。ジャージがはためく、その先に。



非常に残念なことなのだが、我が家の兄は揃いも揃ってずぼらである。夜中に起きようと勝手だと思うし、そんなことを一々弟である俺が干渉する必要も無いと思うのだが、食べるだけ食べてそのままとか、そういうのはいい加減どうにかして欲しい。日吉家は年功序列だ。下の者に発言など許されていない。提案は出来るのだが、強くそれを要求することは出来なかった。だから俺は、生まれてから今日まで兄たちに文句を溢したことが無かった。俺がたとい何を言ったとしたところで、兄たちにそれを直そうという気持ちがなければそれは意味の無いことだった。俺は無駄な労力を嫌う。俺が動けば済むことなら、それでよかった。



お金があることと、何もしないことは違うと思う。氷帝は基本的に私立で、世の中でいうお金持ちに分類される人間がごまんと通っているが、そこでそれに甘んじているのは愚かな人間のすることだった。テニス部は他に類を見ない上流階級ぶりだが、それでも俺がそんな人たちを軽蔑せずに済んでいるのは、単に彼らが先輩だからとかそういうことではなく、きちんとした一般常識を持ち合わせているからだ。彼らは金持ちだからといって、安いファーストフードに足を運ばないわけでもないし、散らかった部屋なら自分たちでどうにかする。おこがましくも無いので悪いことをしたら素直に自分の非を認めた。ただ感覚は若干ずれていると思うことも、しばしばある。
(この前鉛筆を自分で削っていると言ったら大変驚かれた)(彼らは鉛筆が鉛筆削り以外でも削れることを知らなかったのだ)



珍しく鳳が俺を外食に誘った。まだ昼休みなのにもう夕食の話をするのか、と思ったが、帰り際に俺に言っても急には無理だと突っぱねられると考えたのだろう。元々家は夕飯が俺に合わせて8時と決められていた。寄り道をせずに真っ直ぐ素直に帰れば間に合う時間だ。鳳は俺が部活が終わった後の時間を他に割くのを好まないことを知っていた。鳳自身もわりとそういうタイプだった。先輩からの誘いは断れないので付き合うが、同級のチームメイトからの誘いは迷わず遠慮していた。
「珍しいな」
俺は鳳の話を聞きながら口に運んだ鶏のから揚げを、よく咀嚼して飲み込んでから短く言葉を発した。横で呑気にサンドウィッチを頬張っていた鳳が、きょとんとした愛嬌のある顔をする。
「宍戸先輩以外は誘わないのかと思っていた」
酷いな、とすぐに鳳は笑った。何が酷いのか俺には上手く理解できなかった。酷いのは寧ろ鳳の方ではないかと考える。今の俺は、明らかに宍戸先輩の代わりでしかない。引退してからの宍戸先輩は、奇妙なくらいに鳳との距離を測っているとしか思えなかった。そんな宍戸先輩に、鳳はすっかり憔悴している。捨てられた子犬だと周りには囃し立てられていた。
「日吉とふつうにご飯が食べたいなーって思ったんだけど、駄目だったかな」
俺は一瞬言葉に詰まった。断ることがもう決まっていたからだ。なんといえば鳳の気分を下げることが無いだろうか。鳳の人柄が良い分、毎度のことながら鳳の何かを断るのは否定するみたいで気が引けた。
「悪いな、先約があるんだ」
それだけ言うと、俺は2つめのから揚げを口に運んだ。俺は口に食べ物がある間は喋らない。言い逃げだった。鳳は驚いた顔をしていた。
「日吉に先約があるなんて思わなかったよ」
そう言いつつも顔が妙に綻んでいたので、こんなときだけ察しのいい鳳は気がついたのだろう。宍戸先輩が距離を測るように、俺も跡部先輩との距離を測りかねている。



兄たちはつくづくずぼらだ。父と母は武術道場の地方会か何かで4日ほど家を空けていた。その間の生活は俺が部活で忙しい分、母がきつく兄たちによろしく頼むと言い含めていた。別に兄たちは家事が出来ないわけではないのだ。寧ろ周囲の同じ年頃の男から比べれば格段に出来るに決まっていた。家は小さい頃からそう言った事に関しては躾が厳しかった。4日分の生活費を律儀に封筒にしまって置いていった母。当然兄たちがきちんと夕食の支度をしてくれると思っていたら、生活費だけをぽんと渡されて、これで食事をしてきてくれと言われた。最早呆れて物も言えなかった。



跡部先輩のテンポは独特だ。連絡を欠かすことはこれまで一度も無かった。ただ、メールだったり電話だったり、その辺はまちまちだった。昨日の晩は、電話で、9時を少し過ぎた頃に俺の携帯が鳴った。
「よう」
跡部先輩の電話越しの声は普段聞くものよりも少し低い。挨拶はいつももしもし、ではなくてよう、だった。俺は跡部先輩からの連絡が入るとどんなに眠いときでも目が冴えた。元来電話が苦手な筈なのに、跡部先輩と話すと時には饒舌にもなれた。
「明日はいつもと同じ練習メニューだろ? お前、ちょっと俺様に付き合え」
「何かあるんですか」
「ディナーだよディナー」
突き放した態度を取った俺に、子供みたいに拗ねた声色を返す跡部先輩がなんだか少し可愛らしく思えた。兄たちに夕食は外で済ませろと宣言されていて、この際だから跡部先輩と一度くらい夕食を共にするのも悪くないと思えた。俺はいいですよ、と伝える。
「最高の夜にしてやるぜ」
跡部先輩の台詞はどうしてこんなに芝居がかっているのか俺には不思議だった。そして言葉尻がどうも怪しいと思って、電話を切った後に小さな笑いが込み上げた。



このようにして毎日連絡を取り続けるのは正直変だと感じていた。別に元々特に仲が良いわけでもなかった。ただレギュラーという同じ立場にあって、俺が超えたいと願った壁。それが跡部景吾という男だった。遠くの影からそっと見守っているような憧憬ではなかったにしろ、俺が跡部先輩に抱いていた敵対心とか、下克上とかを本人が知らないわけが無かった。跡部先輩と向き合うのに、テニスがなくなったとたん、跡部先輩という存在が急に俺の中で揺らぎだした。生温い湿気と蔦に絡め取られてしまったような。鋭い打球で喉を貫かれたような。息が出来ないような、そんな。



(一体俺は何を根拠にこんなに良くして貰えているのだろうか・・・)
部が終わる頃、跡部先輩と顔を合わせる時間が近付くにつれて、俺の顔は見る見る真っ青になった。明確に俺は緊張していた。テニスの試合よりも、だ。鳳が先程からしきりに何か話しかけてくれているのだが、俺には最早それを聞き取る力さえなかった。ただ機械的にシャワーを浴び、ワイシャツに袖を通し釦を丁寧に留めた後、ネクタイを几帳面に結んで足早に部室を去った。
「日吉!」
大きく名前を呼ばれた後にやはり何か言われていたのだが、それを聞くような場合ではなかった。動悸が激しい、とにかく苦しい。跡部先輩に会えばこの辛さから逃げることが出来るのだろうか。



「日吉、」
作品名:初恋 作家名:しょうこ