初恋
跡部先輩は黙ったままだった。あまりに沈黙が長いのでもしかして電話は切れてしまったのかと思ったが、チャイムが鳴ったので俺は少し焦って、それじゃあと切ろうとした。その瞬間に、最後に跡部先輩は何でもないようにその一言を呟いた。
「好きだ」
切ってしまってから、もう一度言って欲しかったと考え、馬鹿なことを考えるのはよそう、と廊下をそのまま走り出した。足取りは己が思っている以上に軽い。教室に頬を染めて入ってきた俺に、鳳は笑顔で手を上げた。
程なくして両親が帰宅し、我が家はまた平穏を取り戻す。先日兄たちに言いたかった言葉を俺はようやく見つけて、見つけたことに満足して結局何も伝えてはいない。我が家の平穏を守るのは俺自身だからだ。今度はおいしいフレンチの店にでも連れて行ってもらって兄たちから鉄拳を食らうのも悪くないと思っている。そのことを跡部先輩に話して聞かせたところ、存外お前はＭだと言われ、随分心外だ、と笑った。