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壊滅的なラブロマンス

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せやなあ

クリスマスは好きやなかった 特に、クリスマスのライトアップが嫌いやった 青い豆電球を見るとなんだか悲しくなりよった

クリスマスソングも嫌いやったなあ 流れてきたとたんに睨みつけておったわ 駅の、ショーウインドウ

どうして、ガキの頃に好きやったものは信じられへんのやろう



はっと、目が覚める。そして慌てて隣を見るのはもう癖みたいになっていた。そっと髪の毛を触って静かに寝息を立てる犬丸を確認すると微笑んだ。

普段なら絶対に外泊を許してもらえないのを説得してくれたのは俺でもなくましてや犬丸でもなく、意外なことに鈴子だった。鈴子にクリスマスぐらい犬丸の家で過ごしたいと相談したところ、私のところに泊まっていることにすればよろしいですわ、なんていつもの口調で軽く親と交渉してきてくれた。しかも上手い具合に話が通ったらしく、クリスマスの前々日、23日から泊まっていい事になった。自分は案外薄情なもので、鈴子と友人になって一番感謝しているのはこういう所かもしれない、などと思ってしまった。

そういうわけで俺はさして多くもない荷物を犬丸の人間界の仮住まいである高級マンションにさっさと運び入れ、そのまま22日の夜から泊まらせてもらっている。

俺は元々眠りが浅い。ふと目が覚めては先ほどから何度も犬丸が居るかどうか確かめては苦笑していた。まだ、一日目なのにこの先どうすればいいのだろうか、と深いため息をつく。きっと自分はまだ犬丸が地獄に落ちた頃を引き摺っているのだ。心の中に大きな穴が出来ることを嫌っているのは、何よりも自分自身だった。目が覚めて犬丸が横にいると気づくだけでそれは幸せな気分になる。これ以上の幸せは望まない、と思うのだがやっぱりそこはずうずうしい人間なのであれこれ考えてしまうのである。

まだ起きるには早すぎる時間だったので俺はそのまままた布団に潜り込んだ。



「おはようございます、佐野君」

まだ時間があると思って寝たら、大分寝過ごしてしまったらしく、犬丸は既に布団から抜け出し起床していた。起きていきなり隣を確認した俺を見つめていた犬丸は苦笑して挨拶をした。俺は何だかすごく気まずくて目を逸らしつつおはよう、と返した。犬丸はそれで満足したようでこのことは何も聞かなかった。俺はそっと胸を撫で下ろす。

「なんや、犬丸、やけに早起きやなあ」
「ええ、まあすっごく気分がよくて。佐野君も朝風呂したらどうです?」

犬丸はにこやかにそう云った。俺は体を起こすとわしゃわしゃと自分の頭を掻いた。確かに、犬丸からは風呂に入ったばかりの人間がするいい匂いがした。きっとこの匂いはシャンプーだ。たまにふと香ってくるこの匂いは犬丸の代名詞みたいなものだと勝手に思い込んでいた。甘ったるい匂いである。

「あー、パスするわ。それより、飯や飯」
「・・・云うと思ってましたよ」

やっぱり、とやや呆れ気味にそう云った犬丸は俺の手を取ると、すとん、と地面に立たせた。こんな紳士みたいな扱いに慣れていない俺は、手を握られただけで真っ赤になって、なんや、なんや、と一人で空回りしていた。

「可愛いですねー、佐野君」
「阿呆か、お前!」
「たまにはいいじゃないですか」

犬丸はそう云って口を尖らせた。俺も最後には笑っていて、何時までも握られた手を握り返していた。



広めのリビングに入って、早速俺は家に居るのと同様にいつもの癖で勝手にテレビをつけた。するといきなりノリの良いクリスマスソングが流れてきて、綺麗なクリスマスツリーが映し出された。

『 はーい、こちらニューヨークにあります、逆さツリーです!  見てください、さかさまのクリスマスツリーなんですよー、  逆さまにすることで見栄えを良くしているんだとか。  本当に綺麗ですね。さあ、いよいよクリスマスも明後日に  近付いてまいりました、皆様はいかがお過ごしですか ・・・ 』

...なんとまあおしゃべりなキャスターだろう。俺はその化粧の濃いキャスターを横目に何時までも映し出されているクリスマスツリーを眺めた。

そう、世間は俗に云うクリスマスという行事に浮き足立っている。

俺だって、その一人のはずだ。クリスマスという名目を元に、愛する恋人のマンションへ単独で転がり込んでいる。

犬丸は自分で作ったという朝食をもってテーブルについた。インスタントの珈琲にお湯を注ぐと、直にカップは茶色い液体で見たされる。

「もうすぐクリスマスですねー。佐野君は何か欲しい物とかありますか?」

能天気にそう問う犬丸に俺は思いっきり不審そうな顔で、は?、と返してしまった。一瞬気まずくなり、思わず場を取り繕うと珈琲に手をつけるが、生憎入れたての珈琲は熱くて、舌がひりひりするのが分かった。これはもしかしたら火傷をしたかもしれない。

「ないんですか、佐野君は?たまには大人に甘えてみたらどうです?」

得意げに聞いてくる犬丸に、何が大人や、と心の中で突っ込みを入れる。どうみたってこの神様とやらは28という歳相応に見えない。いいとこ大学生だ。それでも何となく忍びないので何か欲しい物を考えてみる。



「そやなあ、空白の才とか」「・・・それは無しの方向で」

困ったような顔をする犬丸をみて、冗談や、と俺は笑い返す。元々、俺は裕福な家庭で育った訳ではなかったから、何時の間にか欲しい物は我慢する性格に育っていた。その所為か、此処のところはてんで欲しい物というのが見つからない。欲しいと思ったものは大体自分の力で手に入れていたし、そこまで物欲が強い訳でもないのでぱっと欲しいものが思い浮かばなかった。しかし目の前で自分の作った朝食にも手をつけず、ニコニコと自分の答えを待っている犬丸を見たら、ぴんと来た。あのな、と俺はしどろもどろに口を開く。

「そのー・・あー、えー、なんや、・・・えっと・・・犬丸が、いれば、それで・・・ええ」



最後の方は擦れ気味で小さくて上手く聞こえなかったかもしれない、と心配したが犬丸は口の動きだけでばっちり意味を汲み取ったらしく、その笑い顔をさらに笑顔にして顔を輝かせていた。そこだけをみたら、本当に名前のとおり、犬のようだったかもしれない。ばん、と犬丸はテーブルの上の食事も構わず思い切りテーブルを叩いた。俺はそれに驚いて肩を上げる。

「佐野君!」
「お、おう」

名前を大声で呼ばれて思わず条件反射のように返事を返す。しかし犬丸はそれには答えないで猛烈な勢いで朝食を掻き込みはじめた。些か行儀が悪い。佐野は宥める様に、どうした、と云う。

「何か俺ヘンなことでも云ったか?」

ブンブン、と犬丸は口をもごもごと動かしながら首を横に振った。取り敢えずそれに安心した俺はふう、とため息をついて汚らしい食べ方の犬丸を眺めた。犬丸は、やっと目の前に並べてあった目玉焼きとベーコンと食パンを平らげると、ゆっくり笑顔でこう云った。

「佐野君に、キスをしたいと思ったんです。だから、早く食べました。それだけです」

一瞬あっけに取られた俺は、それから馬鹿みたいに笑い出した。そんなん、卑怯やわ。あかん、涙が出る。俺はそっと犬丸の首に手を伸ばした。犬丸はその手を手繰り寄せる。
作品名:壊滅的なラブロマンス 作家名:しょうこ