壊滅的なラブロマンス
「そんなにしたいんやったら、したるわ、ぼけ」
お互いにくすりと笑いあった後、信じられないくらい長いキスを交わした。犬丸の口の中は目玉焼きにかかっていたソースの濃い味がした。
昼過ぎぐらいに犬丸は思い出したように云った。
「クリスマスの飾りつけ、やりましょうか」
なんでこう、計画性の無い奴が神様なんてやっているんだろうか。思わずあの神補佐の顔を思い浮かべて俺は同情してしまう。今度菓子でも買って行ってやるか。犬丸は一人で話を続ける。
「そうですねー、青い電球とか今年は綺麗そうですね」
無邪気な笑顔を俺に向けて犬丸は同意を求める。俺は賛成しかねて口ごもる。犬丸はそれを不思議と思ったのか、首をかしげた。
「青は嫌いですか」
「あー、いやー、その」
出来れば、黙っておきたかった。こんなの、云ったら最悪だ。俺は心を落ち着かせようとゆっくり深呼吸をした。そんな様子をみた犬丸は急に顔を曇らせた。怒ってしまっただろうか、と急に俺は不安になる。
「買い物、行きましょうか」
犬丸は手をぽんと合わせてニッコリ笑った。それが俺を気遣っての行動だということもすぐに分かったけど、俺は何にも知らない振りをした。そして強引に犬丸は俺の手を引っ張ると、マフラーとコートを着てすぐに家を飛び出した。
どうしてそんなに急いでいるのかは俺にもわからなかった。
犬丸は人間界の運転免許を持っていない。そもそもバトルの期間中だけ人間界にいるきまりだったらしいので免許を取っている時間は無かったという。でもたぶんそれは言い訳で、不器用な犬丸は車庫入れができないから免許を諦めたのだろう、と思う。幸い、近くの大型ショッピングモールまでは歩いて10分とかからない距離にこの家は立っていたのでよかったと思う。犬丸があれも欲しいこれも欲しいと言い出さないうちに帰ってこよう、と密かに心の中で思った。
ショッピングモールのなかはいきなり大きなクリスマスツリーが飾られていて面食らった。犬丸は感動したように目を輝かせている。相変わらず分かりやすいというかなんと云うか。俺は何となく気まずくなって目を逸らした。
何処も彼処もクリスマスカラー一色で犬丸が云うクリスマスの飾り付け用品一式は入ってすぐのとても分かりやすいところに一斉に陳列してあった。犬丸は何処かから籠を取ってきて一緒に並んで商品を見始めた。俺はもう既に気分が悪くて、ふらふらと犬丸の顔と商品を交互に見ていた。
「ねえ、佐野君、イルミネーションのライトは、イエローとブルー、どっちがいいかな」
犬丸がせっかく優しく聞いてくれているにも関わらず俺は返事をしなかった。意地悪だとも思った。だがどうしてか不快感の拭えない俺は黙っているしかなかった。今口を開いたら余計なことまで全て云ってしまいそうだと思ったのだ。何か別な対象に目を逸らそうとするが何処もクリスマスの装飾ばかりでとても目を当てられない。
「・・・あー、どっちでもええんやないか」
「ああ、そう、ですか」
やっとの思いで返事を返すと犬丸は困ったように返事を返した。まだどちらにしようか悩んでいるらしい。本当に能天気な奴で羨ましい。神様なんて能天気じゃないとやっていけないのかな、なんて考える。前・神様もこんな感じだったと思い出す。なんだかえらく懐かしい。元気だろうか。
「嫌いなんや、こないなもん」
小さな声で、そう漏らしたのを犬丸は聞き逃さなかった。俺はまずい、と思った。絶対にコレだけは云わないようにしようと思っていたのに。思わず目が合って、気まずく俺は逸らす。犬丸はどうしようもなくなったように手に取りかけていた青のイルミネーションライトを棚に戻した。俺は取り繕うように突然明るい声を出した。犬丸は面食らったように驚いた。
「ちょっとその辺見てくるから、好きに買っててええで」
「あ、ちょ、佐野君!」
俺は犬丸の優しい声から逃れるように自ら雑踏の中へ走り去った。
ショッピングモールは広い。その中を何処も彼処もクリスマス一色に塗り替えるなんて本当にすごいと目を丸くしてため息をつく。なるべくそういった装飾が少ないところを見ていよう、と俺は地下一階の洋菓子和菓子売り場の辺りをうろついていた。この辺りなら目立った飾りつけは少ない。
綺麗に彩られた菓子のショーウインドウを見て廻る。特に甘党といった訳ではないが、やっぱりこういう陳列を見ているのはとても楽しい。特にチョコレートなんかの飾りつけは綺麗で手の込んだ物が多く、しかもおいしい。(気付くと手が試食品に伸びている)
あるチョコレート専門店の前に来た。詰め合わせはどんなものがあるかとふと顔を上げると見知った奴の顔があったので酷く驚いた。一瞬、ひ、と声にならない悲鳴を上げる。
「なあにも、そんなに驚くこたあないでしょ、佐野」
へらへらと笑った男は清潔感溢れるカッコいいこの店の制服を着込んでチョコレートの試食品を目の前に差し出してきた。俺はあっけにとられる。
「どう、ひとつ。ここのは絶対に買って損はしないゼ?」「マ、マシュー・・・お前なんでこないな所におんねん・・・」
そう云いつつも差し出された試食品を目の前に手が伸びてしまっているのが悔しくて堪らない。マシューはどうも、なんていいながら自分もその試食を口にしている。従業員なのにいいのだろうか?
「俺は此処で冬休みもバイトなの」「・・・マリリンにフラレタな」
人聞きの悪い、とマシューは肩をすくめた。話を聞くと、マリリンは冬の間メモリーと女同士で旅行がしたい、と云い出したらしく、男のマシューたちは仕方なく居残ることとなり、暇を持て余したマシューは時間を有効に使うため此処でバイトをしているらしい。偶然にしては恐ろしい。そういうお前は、とマシューは口を開いた。
「あの、神様とやらはどうしたんだ?」
俺は一瞬にして落ち着きを無くす。罰が悪そうに下を向いた俺をマシューは優しく頭を撫でた。大きくて暖かいマシューの手を不覚にも気持ちがいいと思ってしまった。涙が出そうになるのを必死で我慢して、俺は財布を取り出す。
「ほ、ほな、此処で買うわ、チョコレート」
「おう、毎度あり」
別に買うつもりもなかったのだが、此処まで話をしておいて買わないのは失礼だろうと思った。マシューが綺麗に袋に入れてくれたのを受け取ると、俺は代金を支払った。それじゃあ、と云って立ち去ろうとしたとき、不意にマシューが佐野、なんて呼ぶから思わず後ろを振り返る。
マシューの人差し指が自分の唇に触れた。すぐに、嵌められた、と気付く。この野郎、と手を上げようとすると、マシューは切なそうに笑って、腕を下ろした。
「何があったか知らねえけど、元気だせよ。なんかあったら此処に居るから、来い」
上げかかった手は空しく下ろされた。あっけに取られてマシューの顔を覗いたがうすっぺらい笑い以外はその開いた片目からは何も伺い知ることは出来なかった。
「佐野君、やっと見つけましたよ!」
作品名:壊滅的なラブロマンス 作家名:しょうこ