人形劇
そう、人間じゃないなら。アスカはカヲルの首に手を伸ばして包帯を解いた。スルスルととけていくのをカヲルは気にせず、なすがままにされている。包帯の下にはうっすらと傷跡が見えたような気がしたが、もしかすると月の陰影のせいかもしれない。よくわからなかった。
「君の首にも同じような傷が見えるよ」
出会ったときからうすうす感じていた。カヲルは他人の心を読めるのだろうか。そんな考えが浮かんだがカヲルは答えてはこなかった。
「ねぇ。劇をしましょうよ」
「劇?」
「主役はアタシとアンタよ」
「へぇ、どんな?」
「恋愛小説みたいな、陳腐でくだらない劇よ」
人形の自分たちにふさわしい劇を。男と女が自分たちの幸せのために自分たちを知っている人間のいない別の場所に逃げる。自分たちの役目を捨て去って。
「君と僕で?」
「そうよ」
だって、私たちの役目は、もうこの舞台にないんだから。もう、終わったんだから。だから別の舞台に行けばいい。なければ見つかるまで探せばいい。一人と一人で、決して二人にならない一人と一人で、劇をする。カヲルは心得たとばかりに、アスカの手をとって立ち上がった。
彼と彼女はそのままどこかに消えてしまった。月明かりが落ちるベンチに使い古された包帯だけが残されたが、それも風に吹かれてどこかにいってしまったのだった。