人形劇
数日前に行った人気のないベンチにたどり着くと、そこにカヲルがいた。こんな夜中に何を?そう思ったけれど口には出さなかった。
「やあ、こんばんは」
「…」
アスカはカヲルの隣に座って膝を抱えた。後ろの茂みから微かに虫の鳴く声がする。頭上を仰ぐと月明かりが葉の間からこぼれてアスカをところどころ照らしている。
「…アンタは、なんなの?」
「うーん…そうだなぁ」
その質問がくるのを予期していたかのように、まるで準備されていたような微笑をアスカに見せるカヲル。
「多分、君と同じかもしれないね」
「…はっ」
アスカは鼻で笑った。人形みたいなアタシと同じ?笑わせないでほしい、心のなかで思った。
「アンタにあたしの何がわかるっていうの」
「君の眼って青いだろ」
「はぁ?」
カヲルはまるで見当違いの言葉を発したように思えた。
「青いのに、君の眼はなんだか僕に似てる。僕はこんなに赤いのに。以前は綾波レイも同じだったようなんだけど、今はまるで違う。リリンの眼になったんだ」
まるで意味がわからなかった。アスカは訝しげな表情でカヲルの眼を見た。
「僕は使徒だから、もういらないんだ」
リリンが生きると決まった世界にたった一人のカヲルは本当の意味で一人になっている。それは深い意味も何もなく、ただ本当に一人、というそれ以外の意味を持たない。
「…」
アスカは理解してなかった。生物学的にこの少年の形をした別の生き物が世界に必要とされていない種族であるとか、そういったことをアスカはさして興味も示していなかった。彼女にとっても世界は彼女を孤独にするだけの容れ物だったし、そんなことは今更特別なことではなかったから、アスカには理解しきれなかったのだ。
「怖くないのかい?」
「あんたのことが?」
「そうだよ。僕は使徒だから。君を食い殺すかもしれないよ」
「…別に」
そういったことも、アスカは興味がなかった。もうアスカは他人にも自分にも興味はなかった。
「でも…あんたが人間じゃないって言うなら興味持てるかもね」