三毛猫シリーズ②
あの人が来なくなって、違う人が食べ物をくれるようになった。みんなの人気者はすぐに変わった。きっとみんなはあの人のことを忘れているのだと思う。猫も生きるのに必死だから仕方ない。わたしたちがここで生きるために必要なのは、食べ物をくれる人と仲良くなること。だから最初は警戒していても、今はみんな競って新しい人に懐こうとするのは仕方ないし悪いことでもない。ただわたしがすこし変わり者なだけ。
「・・・お前も物好きだな」
みんなが食べ物をくれる人の側に寄っている中で、わたしはこの人の足元でうろうろするのだ。ふたつくらい鳴いてみせれば、この人はため息をつきながら縁側に座り込む。わたしはその隣に立った。そしていつも懐に隠している食べ物を出してくれる。持っていないフリをしてもわたしの鼻は騙せない。本当に持っていない日もあるのだけれど、わたしはこの人が居るときは決まってこっちに来ていた。相変らず恐る恐る伸ばしてくる手には今日もわたし専用の食べ物がある。(種類はみんなと同じだけど)
「しっかし寒ィな、畜生・・・」
空を見上げながら呟いていた。もちろんわたしにはその言葉は理解できないけれど。同じように空を見てみるとひらひらと雪が降っていた。止みそうで止まない、消えそうで消えない、儚い雪だった。一通り食べ終わると満腹になって上機嫌になる。わたしは隣にいる人の膝に擦り寄った。そんなわたしに気付くと、無言で腕が伸びてくる。それは撫でるのがとても下手な手で痛いときもあるくらいだ。この人もいつも冷たい手をしている。冷たい手の人は寂しい人なのかな。ぐるぐると喉を鳴らす。寂しい人は嫌いじゃない。小さなわたしでもあなたひとりの手を暖めることは出来るだろうか?膝に乗ってみると冷たい手が頭を撫でてくれた。その手はとても不器用であの人のように優しくはないけれど、とても心地良いと思う。
「お前はいつも暖かいんだな」
寂しそうにぽつりと言う。何て言っているのかはわからないけど、その声とその目はあの人によく似ている。わたしでよければ、いつでも温もりを分けてあげる。寂しい人ひとりぶんならきっとなんとかなると思うから。だから、あの人がもしも帰ってきたのなら。あなたはわたしから貰った温もりであの人を暖めてあげてほしい。きっと、何処かで寂しがっているはずだから。きっと、あなたの不器用な手はあの優しい手を幸せにしてくれるでしょう。わたしは初めて見たときからそう思っていた。だからあの日、あなたに声を掛けてみようと思ったんだ。
ねぇ。いつかこの縁側に三人で、一緒に日向ぼっこしましょう。
きっと雪のような冷たい手は溶けて、春のように暖かくなる筈だから。
約束だよ、と言って鳴いた。